男性B -Request-
その少女は今、僕の助手をやってくれています。僕の見立て通り助手の素質があったようで、もう大助かりですよ!とっても几帳面で、これぞA型!って感じですねー。
…血液型占いを信じているか、ですか?まぁ、統計学の一種なのであまりアテにはしていませんが、話のネタにはなるので。あなたは信じてます?じゃあ、僕は何型でしょうか!
…残念!ハズレです。
事件から3日、私は再び事務所の扉の前に立っていた。ドアノブには、“closed”のカードがかけられている。
助手にしてほしいという申し出を、
扉を開ける。
「こんに──」
パンッパンッ、パンッと3つの炸裂音が私を出迎える。ドアノブを掴んだまま驚きで固まってしまう私を、クラッカーの独特の匂いが包む。
「ようこそ、座間ナンデモ相談事務所へ!」
座間さんが私を招き入れる。
「あ、あの、…これは?」
「もちろん、新しい助手さんの歓迎会です!さ、座って座って!」
ローテーブルの上には、料理やお菓子が乗っていた。どれも美味しそうだ。食材で細かな装飾までされている。
座間さんが対面のソファに座る。他の2人──高校生くらいの少女は座間さんの隣に、大柄の男性は左手のソファに座った。
「どうぞ。」
大柄の男性にジュースを注がれる。かなり厳つい。無表情で、恐い人だ。
「それでは──」
座間さんが立ち上がる。
「助手3号の就任を祝って!乾杯!!」
「乾杯!!」
少女が座間さんの音頭に合わせる。
「はいはーい!自己紹介しまーす!」
座間さんが座ると、少女が立ち上がった。
「助手1号の
「よろしく、お願いします。」
「ノンノン!敬語は要らないよー?私のことも咲良って呼んでね!はい次、ドラゴン!」
咲良が男性を指差す。
ド、ドラゴン…?
「
男性が躊躇いながら名乗る。
「もー、ちゃんと言ってよー!」
「彼は
座間さんがフォローを入れる。
「なるほど…珍しい苗字ですね?」
「沖縄の、出身なもので…………恥ずかしいので、下の名前で呼んでください…」
蓮さんが照れたように顔を掻く。
「ドラゴンは見た目は恐いけど、優しいしすっごい器用なんだよー!この料理もぜーんぶ作ってくれたの!」
「え!?」
口にしようとしていたウサギ型のクッキーを見る。
「すごい…」
「でしょー!」
なぜか咲良が得意げに言う。蓮さんは、また照れながら飲み物に口をつけた。
「実はもう1人、助手ではないんですが、紹介したいエンジニアがいます。…なかなか来ませんねー。」
「エンジニアって…………座間さんに渡されたリップを作った人ですか?」
「はい、そうです!あ、僕のことも下の名前で呼んでください、葵さん。ウチはアットホームな職場ですから!」
ボンッ、と何かが爆発したような音が、下の方から微かに聞こえた。
「実験大失敗じゃー!」
咲良が変な声で何かのモノマネをする。
「様子、見てきましょうか?」
「お願いします、蓮さん。」
蓮さんが足早に部屋を出て行った。
しばらくして、蓮さんがもう1人の男性を連れて戻ってきた。
「ババベル失敗したのー?」
咲良が〝ババベル〟と呼んだ男性は、細身だが、蓮さんと同じくらい背が高い。
「お前の父ちゃんが無茶な要望出すからだろうが!全く、作る側の気持ちにもなれっての…」
男性は右手のソファに座り、蓮さんからお絞りを受け取る。
「葵!この人はババベルだよー!」
咲良が男性を紹介する。
「
「32のおっさんだよー!」
「咲良!余計なこと言うな!」
きゃー、と言いながら、咲良は座間さん──シオンさんの隣に戻る。
「ハーフ、なんですか?」
「ん?あぁ、ブラジルと日本のな。」
そういえば、シオンさんも目の色が…
私の視線に気づいたシオンさんが、アンバーの瞳を細める。
「僕は日本とイスラエルです。」
「そうなんですね…」
馴染みのない国名に、イメージが湧かない。
「あ"ーくっそ、今回は上手くいくと思ったのに…………シオン、ビールないか?」
「冷蔵庫にあるよー。」
「取ってきましょうか?」
蓮さんが立ち上がる。
「よろしくー。というか珍しいな、ここに酒があるなんて。ドラゴンは飲めないし、シオンは飲まないだろ?」
「ベルが来るっていうから、蓮さんに頼んで買っておいてもらったの。」
「お、気が効くじゃん?」
蓮さんがグラスとビールの缶を持って、カウンターの奥から出て来る。
「サンキュー、ドラゴン!」
馬場さんは、注がれたビールをグラスの半分ほどまで一気に飲んだ。
「葵さんがよく顔を合わせることになるのは、この辺ですかね。あとは…
仁さん…………前にここに来た時、シオンさんがそう呼んでいた男性がいたはずだ。馬場さんよりも年上に見えた。
「ねぇ、葵!葵はどのくらいここに来るのー?」
そう言って、咲良がサンドウィッチを齧る。
「えーっと、どのくらいがいいですかね?」
苺を口に入れたシオンさんに聞く。
「依頼が入った時に手伝ってもらうので、連絡した時に来ていただければ。お給料の方も、手伝ってもらった依頼に応じて、って感じですねー。でも、仕事が無くても来ていただいて結構ですよ?」
「アットホームな職場ですから!」
咲良が言葉を繋げる。
「あたしはほとんど毎日来てるよー?やっぱりイケメンを見てると、心が潤うー。」
「俺のことか?」
馬場さんが、自らの顎に手を当てキメ顔をしている。いつのまにか、2本目のビールが注がれていた。
「違いますー!シオンのことですー!ババベルはだだのチャカオタおじさんでしょー?」
「喧しいわ!オタクでもねーしな!」
「ババベルはうるさいけど、ここに来ればドラゴンのデザートがついてくるよ!」
「このチョコケーキも、蓮さんが…?」
「そうだよ!」
「とっても、美味しいです。」
蓮さんが照れている。
「もし葵さんさえ良ければ、ここに来てください!何かあったときに、連絡して来てもらう手間が省けますから。それに、咲良さんの買い出しの〝監視役〟も欲しいですし。」
「えー、ひどーい!たまーーーーに面白そうなもの買ってくるだけじゃん!」
事務所には、よくわからないアンティークが数多くある。
「そうだ、私服を持ってきてくださいね。事務所に置いてもらっても構いません。」
毎日でも来れるなら、来たい。シオンさんだけだったら気が引けたけど、咲良に蓮さん、馬場さんもいる。あの家よりは、何倍も居心地が良い。
次の日の放課後、事務所にはシオンさんと咲良と蓮さんに加え、馬場さんもいた。シオンさんと何かを話していたようだ。
「葵ー!待ってたよー!」
咲良が飛びついて来る。
「葵さん、お疲れ様です。」
シオンさんも私に声をかける。
「そうだ、葵さんも一緒に行きましょう。」
「連れて行くのか!?」
「僕の新しい助手だよ?顔を知っておいてもらった方が良いでしょ。」
「いや、でも──」
馬場さんが何かを言おうとして、口を噤む。
「葵さん、ちょっと買い物に行くんですけど、一緒に来てくれますか?」
奥の部屋で私服に着替えを済ませ、シオンさんと馬場さんの元へ向かう。
「じゃあ、咲良さん。よろしくお願いしますね。」
「ラジャー!」
「蓮さんも、留守番お願いします。」
「はい。お気をつけて。」
2人は駅の方には向かわず、路地を進んで行く。
「あの、何を買いに行くんですか?」
「あー…材料、とか?」
馬場さんが歯切れの悪い答えを返す。
「これから行く店は、ベルが仕事で使う資材をよく買う場所なんですよー。あ、こんにちは!」
シオンさんが、女性と挨拶を交わしている。彼女は私をチラリと見て、シオンさんと小声で話していた。
道を歩く10分と少しの間に、そうしたことが3回もあった。どうやら、シオンさんはかなり顔が広いらしい。
少し、不安になった。
…彼らのコミュニティに、私の顔が知れて大丈夫かな?…………逆かも。シオンさんの仲間だと知らせることで、トラブルを未然に防いでいるのかもしれない。
相変わらず彼の考えていることはわからないが、咲良と蓮さんに慕われている様子を見て、信用できる人なのかも、と思えてきた。
「シオン、葵、」
スマートフォンを弄りながら歩いていた馬場さんが、前を向いたまま小声で伝えてくる。
「次の角を右に曲がったら、ダッシュで右側の細道に入れ。」
「え?」
私の疑問には応えず、それまでのペースを保ったまま曲がり角に差し掛かる。
曲がりきったところで、馬場さんとシオンさんが走り出す。ワンテンポ遅れて、2人の後を追う。
細道に入ってすぐ、右手の扉を馬場さんが開け、その中に滑り込んだ。
「ふぅ…」
馬場さんが息を吐き出す。
「あの、どうしたんですか?」
「尾けられてましたねー。」
シオンさんが、シャツの襟を正しながら呑気に言う。
「大丈夫、なんですか?」
馬場さんが外の様子を伺う。
「とりあえずは撒いたみたいだ。事務所はいいが、ここがバレると文句言われそうだ。」
「文句は言われなくとも、値上げはされそうだね。」
そう言って、シオンさんは細い廊下の一番奥まで進み、扉を開けた。
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