少女A -Solution-

 トイレから連れ出された後、私は先生たちに何があったのかを聞かれた。正直、私も何が何だかわからなかった。混乱していると、土井どい先生が助けてくれた。

阿部あべもまだ、心の整理がついていないと思うんです。話はまた後日、改めて聞きましょう。」

更なる混乱を防ぐために、今日あったことは親を含め、誰にも言わないよう釘を刺された。

 いつもより早い時間に、家の最寄駅に着いてしまう。

いつもだったら、あのカフェで、あかねの話を聞いていたのに…………

親にも話さないように言われたが、あの家に帰ったところで、両親がいることなんてほとんどない。

スマートフォンが震える。見ると、座間ざまさんからだ。

『今回の依頼に関してお話しておきたいことがあるので、近いうちに事務所にいらしてください。』

私も、聞きたいことがある。

『今から伺ってもよろしいですか?』

 15分前に立っていたホームに戻ってきた。今から事務所を訪れることを、座間さんは了承した。少し冷静になって考えると、茜に向けた座間さんの言葉からは、ああなることをわかっていたように感じる。

 事務所の扉を開ける。

「こんにちは!もう“こんばんは!”ですかね?」

「…………」

「そんな恐い顔しないでくださいよー。まぁ、座ってください。」

私が座ると、座間さんもタブレットを持って座った。

「いやー、大変でしたねー。まさかカッターで襲ってくるとは…」

「…………わかってたんじゃないんですか?」

「何がですか?」

「…………」

「これはいけない!座間ナンデモ相談事務所は信用がウリなのに、そんな疑いの眼差しを向けられるなんてっ…!ここはひとつ、誠意で応えなければ!というわけで、今回の依頼解決でわかったことを、お伝えしましょう!僕の口から説明するより、映像で見てもらった方が早いですねー。まずはこちらをご覧ください!」

座間さんがタブレットの画面を私に向け、動画を再生する。動画の中には、見覚えのある女子トイレが映っていた。一番奥の個室を映したカメラを覗き込んだのは、数時間前の私だ。

「これは阿部さんに設置してもらったカメラの映像です。早送りしますねー。」

映像が加速し、6時間目の終わりから少し経った時刻で、元の速さに戻された。映像の中から物音がした。トイレに入ってきたのは、茜と千葉ちばさんたちだ。茜は窓に向かって何かを呟いている。千葉さんたちは怯えたようにお互いを見合わせるだけで、何も言葉を発しない。しばらくして、茜の声が聞こえてくる。

『早くしないとね。あおいが茜を助けないと、意味ないんだよ?他の人に助けられたら、ダメなんだよ?なんで助けてくれないのかな?茜と葵は運命の相手なのに。茜が葵を助けて、あとは葵が茜を助けるだけなのに。イジメっ子たちがダメなのかな?そうだよね。茜と葵は完璧だもん。ねぇ、なんでちゃんとできないの?まだ足りない?千葉さんがちゃんとしてくれないと、千葉さんのお姉さん、死んじゃうよ?』

千葉さんが顔を引きつらせる。

『あたしたちはっ、指示通りやってるでしょ!?』

茜の目がギロッと動く。ポケットから何かを取り出し、それを千葉さんに勢いよく向ける。

『ひっ…』

刃の出たカッターだ。

『上手くやって、って言ったでしょ?上手くいってないんだから、指示通りできてないってことでしょ?お馬鹿さんだね。もっと、ちゃんと言わなきゃわかんない?じゃあ、言ってあげる。』

茜が手の力を抜き、千葉さんの足元にカッターが滑り落ちる。

。殺しちゃダメだよ?あぁでも、目立つところがいいなー。顔とか。うん、顔が良い。』

茜は、いつもの笑顔だ。

『それは…』

『拾って。』

茜の声が低くなる。

『…………』

『拾え。』

消えた笑顔と少し大きくされた声に震え、千葉さんはカッターを手に取る。茜の顔に、笑顔が戻る。

『待ってるよ、葵…』

茜がスマホを手に取り、操作をしている。そして、鼻歌を歌いながらバケツに水を入れる。もう一度スマホを操作してカバンに放り込むと、千葉さんたちに指示を出した。しばらくして、私が飛び込んでくる。

「この後は、直に見られた通りです。ホント、恐ろしいですねー。おっと、失礼。彼女はあなたの〝親友〟でした。しかしこれで、石川いしかわ あかねさんへのイジメは終わるでしょう。お悩み解決ですね!」

私は、とても冷めていた。茜が、千葉さんたちを脅してイジメをでっち上げ、私を傷つけてまで、理想のシナリオを完成させようとしていた。怒り狂うべきところなのだろうか。でも、全てが作り話のようで。明日になったら元通りになっている気がして。目の前にいる少年が、あまりに役者じみていて。確かに私は、茜へのイジメを終わらせることを依頼した。でも、こんな結末は望んでいない。しかし、私が望んだ結末は、最初から選択肢にはなかった。

「少し調べさせていただいたところ、千葉さんのお姉さんですがね?ここ最近、不幸なことが続いてらっしゃるみたいで。ストーカーに通り魔、車での事故と。去年の9月あたりからですねー。」

茜へのイジメが始まった時期と重なる。

「いつから、こうなるとわかっていたんですか?」

「難しい質問ですねー。石川さんが〝お話作り〟の好きな方なのかなーと思ったのは、あなたに石川さんの写真を見せてもらったときです。」

「見た目、ですか?」

「ええ、そうです。そっくりでしたから、。」

ゾクッと寒気が走る。

じゃあ、5日前にここを出た後、見た気がした人影は…………

「石川さんですけど、昨日と一昨日も、事務所のすぐ近くまで来てたみたいなんですよー。何か相談があるなら、気軽に訪ねてくれれば良かったのに!」

茜の予定って…座間さんのことを調べてたの?

「動画の中で石川さんが言っていた通り、阿部さんが助けなければ、彼女の〝お話〟は完成しません。阿部さんが僕に依頼したことを知れば、石川さんは大きく動くだろうとは思っていましたが…いやはや、こんなに早く動かれるとは!僕も行動の早さには自信があるんですけど、危うく出し抜かれるところでしたよー。」

「…どうして、私をトイレに向かわせたんですか?」

「それは少し迷ったんですがね?石川さんにとって致命的なのは、阿部さんに見限られることです。周りや僕があれこれ阿部さんに伝えても、言い逃れの余地が残る可能性がありましたから。それなら、阿部さんの目の前で本性を表していただくのが、最も効果的だと思いまして。」

私はやはり、なんの感情も湧いてこなかった。ただただ、重く重く、疲労が纏わりつく。

「ふー…そんな顔されちゃうと、お金の話ができないじゃないですか。」

何も答えずにバッグから財布を取り出そうとすると、座間さんに止められた。

「あー、待ってください!お金のことなんですが、頂かないことにします。」

「え?」

「いやぁ、さすがにですね、気の毒かと思いまして。お金を頂く代わりと言ったらなんですが、あなたを勧誘させてください!」

「勧誘?」

「はい!阿部 葵さん、あなたを座間ナンデモ相談事務所の助手にお誘いします!」

「…なんで、ですか?」

「カメラの設置をしてもらったときにビビビッときたんですがね?阿部さんには、助手としての素質があると思うんですよ!もちろん、タダでとは言いません。お給料の方も出します。阿部さんと同い年くらいの助手の方もいらっしゃいますよー。」

「そうなんですか?」

「えぇ、えぇ!きっと良い友達になれます!どうです、どうです?」

この事務所の、助手に…………

「…………考えてみます。」

「はい、良い連絡をお待ちしてます!」

 誰もいない家に戻る。

茜は、どうなるのだろうか。警察に捕まる?捕まらなかったとしても、もう彼女とは関われない。彼女との時間は、楽しいものだった。その裏に、何があったとしても。でも、いつかは崩れていただろう。もっと悪い形で終わりを迎えたかもしれない。座間さんのやり方は肯定できないが、もしかしたら、あれが最善だったのかもしれない。彼を頭ごなしに否定することは、できない。それに──

玄関のドアが開く音がする。父親が帰ってきていた。顔を合わせるのは、1週間ぶりだ。

「ただいま、葵。久しぶりだな。元気だったか?」

「…うん、まぁ。」

「この間の大会、2位だったんだって?全国には行けなかったが、頑張ったな。」

「…うん。」

「そう落ち込むな!また次がある。」

「…ありがとう。」

自分の部屋に入る。

私は、この家にあまり居たくない。でも一緒にいてくれる茜は、もういない。私の信じていた石川 茜は、最初からいなかったんだ。


 次の日の放課後、私は先生たちに呼び出されていた。

校長室に向かうため2階に降りると、何やら騒がしかった。女子の小声の会話が聞こえる。

「え、あれ誰?」

「めっちゃイケメンじゃない?転校生?」

「でもスーツ着てるよ?ってかカッコ良すぎない?」

「土井先生が霞むとか…ハーフかな?」

「ぽいよねー。」

女子たちの視線は、私が向かう校長室の前に注がれている。

「あっ、阿部さーん!」

「座間さん!?」

女子の視線が、全て私に向く。早足で手を振る少年の元に向かう。

校長室の前には、土井先生と座間さんが立っていた。

「座間さんっ、なんでここに?」

「校長先生と少し、ビジネスのお話を。そんなことより、この後ってお時間ありますか?」

「え?私、校長先生に呼びだされてて…」

「あぁ、それなら大丈夫です!ね、土井さん?」

「あ、あぁ…」

「というわけで、行きましょうか。」

「え!?ちょ、ちょっと…」

 座間さんと共に、事務所に入る。

出されたアイスティーが、カランと氷を溶かした。

「まず石川さんについてですが、退学になるそうです。」

「そう、ですか…」

「ですが、警察へは届け出ないそうです。まぁ言っちゃいますと、隠蔽ですねー。学校のネームバリューに傷をつけたくないんでしょう。幸い、怪我人がいませんから。そこで、校長先生から2つの〝依頼〟を受けました。1つは今回の件に関するデータを全て処分すること。そしてもう1つは、被害者である阿部さんが、このことを口外しないようにしてほしい、とのことです。」

「…………それは脅し、ですか?」

「まさか!お願いしているだけです。僕は相手の身内を人質に取るようなリスクは犯しません。というか──」

座間さんは椅子から立ち上がり、デスクの向こう、窓の外に視線をやる。

「阿部さんには兄弟がいらっしゃいませんし、両親を脅しのネタに使ったところで、あなたには意味がないでしょ?」

「!?」

なんで、私が両親を良く思っていないことまで…

「それに、かなり空手がお強いみたいですね?僕は見ての通り、肉体派ではないので。その気になれば、僕を倒せるんじゃないですかー?」

座間さんがこちらを向く。確かに背は低くないが、華奢だ。

「…すみません、阿部さんのことも少し調べさせていただきました。用心深い質でして。」

「…なら、どうやって私の口止めを?」

「だからお願いしています。。言わない代わりに何か差し出せー、とかなら、出来る限り用意させていただきます。」

「…断ったら?」

「残念ながら、ウチの解決率が100%じゃなくなります…」

座間さんは、ハンカチで目元を押さえる仕草を見せる。

私は、居場所がほしい。あの家ではない、どこかが。あんな形ではあったが、座間さんは私を助けてくれた。彼の本性も考えも見えないけど、敵だと認識する理由もない。

「わかりました、言いません。その代わり──」

座間さんは、にこやかに私の言葉を待つ。いや、もうわかっているのかもしれない。

「私を、助手にしてください。」

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