いつかは祖父に
更級ちか
お母さんが手術受けるんかな?
第1話 フクロウの鳴く夜
近所でフクロウの鳴き声が聞こえるようになってから、もう
周囲には立派な庭木を植えている家が多く、うちから一分も歩けば神社もあるため、このまま居座り続けてくれたらと私は密かに願っている。
その鳴き声が、五日振りに聞こえた。
先週の日曜から続いた雨が、今日は一滴も降らなかったせいだろうか。
BGMに、列車の走行音が加わった。
カセットテープの横にある手元の置き時計で、時刻は午後十一時十三分前。
机上に開いた英単語帳を前にして、私は
今年は寒春らしく、エアコンが苦手な私は、もう四月も後半に入ったというのに、冬用のパジャマに丹前という姿。靴下は厚手のものを履いていて、膝掛けまでかけている。
明日の金曜は、朝課外の0時間目が英語のため、休み時間中に小テストの勉強をすることが出来ない。徒歩通学中は、二月に道路脇の用水路に落ちそうになったため、あまり集中し過ぎないように気を付けている。
少し休憩しようと、私はドアを開けて廊下に出ようとした。
右手の突き当たりにある居間から漏れ聞こえる会話は、私が自室のドアを外から閉めた途端に止んだ。
内容まで聞こえたわけじゃない。
ただ感情的な声の調子に、酷く倦怠感を覚えた。
用を足した私が部屋に戻ると、さっきまで二段ベッドの上で漫画を読んでいた妹の姿が消えていた。ベッドの
トイレから出た後、両親の言い争いは復活していた。
父の怒鳴り声が耳に届いた。
薄情者の私と違って、中学生の秋穂は、両親が喧嘩するのを放っておける
私は関わりたくなかった。
もう二人に傷つけられたくなかった。
羨ましいことに、まだ幼かった秋穂は覚えていないのだろう。
口論する両親が、それぞれどちらの味方になるのかと選択を迫り、私たちが酷く追い詰められたのが、一度や二度ではないことを。
それにこちらが身を
うちの夫婦喧嘩の主な原因は、介護を除けば、大黒柱がお母さんで、そのことに対してお父さんが強烈な劣等感を抱いていることなのだから。
仕方なく英単語の暗記を再開すると、五分足らずで妹は戻ってきた。
ピンク色のパジャマに山吹色の丹前姿。
耳の出たショートカットは、まだあどけない顔によく似合っている。
何か温かいものを飲もうと思い、入れ替わりで部屋を出ようとしたところ、秋穂はそろりとドアを閉めて、その前に立ちはだかった。
「何? まだ行かん方がいい?」
秋穂は首を横に振り、思い詰めたような表情で「ちょっと」と答えた。
暗い声色。
「長くかかりそう?」
秋穂の口元が歪んだ。
「分からん。リビングには行ってない」
「じゃあ」
どうしてという言葉は出てこなかった。
おそらく妹は、居間の隣の和室から、息を殺して両親の会話を盗み聞きしていたのだ。居間との仕切りになっている四枚ある
「手術って言いよった」
秋穂は濡れた声でそれだけ言うと、
私の気を引くために、すぐにばれるような嘘をつく子じゃない。
「手術? 誰が?」
答えない妹の肩を掴むと、秋穂はびくりと身を震わせた。視線を私の
うちの家族で手術の経験があるのは、私と母だけだ。
私は同じ質問を重ねた。
「ねえ、誰が?」
「分からん。でも、切断って聞こえた」
切断。
余りに物騒な言葉の響きに、私は息を飲み、自分の目が見開かれるのを自覚した。
考えられるのは、指、腕、脚。
だって内臓は、切除と言わないだろうか?
恐怖もあったが、聞かずにはいられなかった。
「他には何て?」
秋穂は顔を上げて答えた。
「お母さんは、手術に反対しよった。まだ考える時間が欲しいって。でもお父さんが、『春花と秋穂のことを考えたら、受け入れた方がよかろうもん』って」
私は力なく、妹の肩に置いていた右手を下ろした。
「私たちのため?」
秋穂は首をひねった。
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