桜散る・2


「麻衣、お見合いの話だけど……」


 母からの電話だ。私はため息をついた。


「あのね、この間のことは父さんも悪かったって、反省しているから。今度はそんなことないから、どう?」


「私、そんな気ない」


「麻衣、あのね。職場かわったんですって? 新しいところって、そっちよりもこっちのほうが通いやすいんじゃない? ほら、電車一本で通えるし。戻ってこない?」


「あのね、確かに事務所はそうだけど、出張も多いし、売り場に出ることも多いしで、あまり事務所にはいないの」


 何かと心配してくる親の電話を、無理やり切る。

 両親と話をすると、どうしても苛々してくる。



 そのうえ仕事ときたら。


「ああもう! あなたって使いものにならない!」


 ヒステリックな上司にいじめられ、八つ当たりされ、事務所でもみんなの同情を買う立場になっていた。

 でも、同情しても助けてくれる人はいない。彼女の新たなターゲットになるなんて、皆ごめんなのである。

 こういう類の上司には、一人生贄が必要なのだ。生贄さえ与えておけば、彼女は彼女なりに精神的に安定して、普通に仕事をこなし、回りにも迷惑をかけないのだから。

 気の毒な生贄の私だって、ストレス発散が必要だ。

 私は、祥子に愚痴を聞いてもらい、渡場の優しさに甘えて八つ当たりさせてもらい、日々を暗い気持ちで過ごしていた。



 職場が変わり、休みが土日になったので、公衆電話からの玲子の電話に付き合う羽目に陥っている。

 玲子の声は、どこかおどおどしている。


「私、ノイローゼになりそうなの」


 正直、私も……である。


「お義母さん、あんまりなのよ。私が何を買っていて何を作って何を食べさせるかも、じっと観察していてね。そして文句ばかりなの。そしてね、あの人ったら……お母さんに逆らう玲子が悪いって……」


 助かるのは、玲子の電話が短くなったことだ。

 どうやら、外出の時間もチェックされているらしい。


「玲子、よく、がんばれるねぇ。もうやめちゃったら?」


 やめたいのは、私のほうだった。仕事恐怖症一歩手前である。


「うん……。でもね、離婚なんてしたら恥ずかしいし、もう二度と結婚できないと思うの。だから、すがり付いてでもがんばらなくちゃ……」


 がんばれる玲子が羨ましかった。

 私は、もう限界だ。



 徐々に……。


 心にゆとりが無くなって、結婚して仕事がやめられたなら……と、願うようになってきた。

 渡場の心の傷なんて、とても癒してあげるゆとりも無くなってきた。

 土日、私を置いて出かけてしまう渡場に、腹を立てるようになってきた。

 特に……渡場が子供に会いに行く日は、気持ちが荒れてしまった。

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