冷たい戦争・3
九月吉日、玲子は結婚した。
私は祥子とともに、豪華な結婚式場の会場にいた。
八月で仕事をやめたとはいえ、玲子の会社関係の人がたくさんきていて、どこか重々しい客層である。
二十代で結婚した友人達ような、明るい華やかな感じはしない。
そう、お客に若者がいないのだ。
友達同士が心から祝福してバカ騒ぎするような、お子様みたいな年代は、私達にはもう過去のものになったらしい。
高校時代の友人といえば、私達くらいだった。大学時代の友達らしき人たちも、テーブル一つで収まる人数だった。
職場の付き合いで参加する人がほとんど、あとはお互いの親戚か……。
三百人ほどのお客の中で、純粋な友人はいったい何人なのだろう? と思うと、やや疲れが出てくる。
疲れるのは、長い入院生活で体力が落ちている上に、右手が使えないせいもあるのだが。
右をかばいすぎて、私の左半身はカチカチに凝りまくっていて、動くのが辛かった。
玲子は幸せそうだった。
時々、感涙で目を潤ませている。
しかし、その隣にいる男は、緊張のあまり真っ青な顔をして、震えている。
一点をじっと見つめて微動だにしないが、時々ちらりと玲子を……いや、玲子の肩越しに見える母親の様子を見ているのだ。
やはり……玲子が幸せになれるとは思えない。
お酒を注ぎに来た新郎の母親が、一瞬私を見て「あら、どこかで会ったかしら?」という顔をした。が、気がつかなかったらしい。
そりゃあそうだろう。
星の数ほども見合いを重ねたのだから、その星屑なんておぼえちゃいないのだろう。
しかし、新郎新婦にお祝いを持って行くと、新郎は青い顔をさらに青くして、パクパクと口を開けた。
彼は、私をしっかりと覚えていたらしい。
びっしりと冷や汗をかいたのだろう。せっかくの衣装の襟元が、汗ジミになっている。
「ちょっと、寡黙な人なのよ……」
挨拶も満足にできない夫に、玲子が苦笑した。
それは寡黙とはいえないよ。と、教えてあげたかったけれど、あと数時間もしたら、この男がいかにおしゃべりなのか、玲子も気がつくだろう。
白のヴェールは、いくら厚く化粧をしていても、玲子の肌の衰えを強調してしまう。
落ち着いたベージュの口紅しかつけなかった玲子に、ローズカラーは子供っぽく見えて似合わない。
この年齢になってしまうと、純白のひらひらドレスはまったく陳腐に見えてしまう。せめて生成りにすればよかったのに……と思う。
たくさんのサテンのリボンや、レース使い、花の刺繍は凝ったデザインだが、かわいらしすぎて、玲子をますます老けさせる。
玲子らしくない派手なドレス。
だが、やはり一生一度のことだから、こうなってしまうのだろう。
女ならば誰でも一度はヒロインになりたい。かわいいきれいなウエディング・ドレスを着てみたい。
それは、三十歳を過ぎたって変わらないのだ。
他人から見て、恥ずかしいほど似合わなくても、そうしたいのだ。
その後の大人っぽいシックなカクテルドレスのほうが、よほど玲子には似合っていた。
食事は豪華だった。
鯛の尾頭付きには、寿のめでたい飾りつけがなされているし、量も盛り付けも、申し分ない。
これは、玲子のこだわりに違いない。
でも、残念ながら、私はほとんど食べられない。
取り皿には祥子が盛ってくれるのだが、左手フォークで刺身を食べるのは、この席ではあまりにも下品に見える。
しかも、慣れないので、ぼろぼろと落としてしまう。酒も飲めない。
でも、何よりも辛いのは、この後、友人代表で挨拶しなければならないことだった。
正直、人前で話すのは苦手ではない。
デパートで鍛えた笑顔と、接客用の丁寧な言葉遣いには自信がある。朝礼時は、毎日挨拶の発声練習をしているのだから。
問題は、とても祝福できないという内面的なことだった。
「えー真間直人君は、K大学を優秀な成績で卒業しまして……」
仲人の、形にはまった紹介。
「また、新婦の玲子さんは、F女子大をこれまた優秀な成績で卒業し……」
惜しまれつつも、今回結婚するということで、退社いたしました……という、元上司の挨拶に、玲子は一瞬顔を伏せた。
「我々としましては、何とか慰留を試みたわけですが、これからは直人さんのために一生懸命やりたいという彼女の熱意に押されまして……」
玲子からの電話で、散々肩たたきされている話を聞いていたので、私は思わず苦笑してしまった。
まったくの茶番が繰り返される。
そして、私も……友人として、茶番の挨拶をしなければならない。
「玲子、おめでとう。どのような苦難に対しても、真直ぐ突き進んで乗り越えてゆく……そんな玲子を尊敬しています。これからも、玲子らしく、直人さんと素晴らしい人生を歩んでいって欲しいと思います」
当たり障りのない挨拶の中、私は『玲子らしく』を強調し、締めくくった。
玲子が、高砂でほろりと涙を流したのが見えた。
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