唯一の味方・最大の敵・5


 日が長くなって、ほんのりとまだ明るい中通のいつもの場所に、渡場の車は待っている。


「ただいま」

「お帰り。晩はどうする?」


 いつもと同じ言葉が交わされる。


「疲れちゃったから……回転寿司でも行きたい」


 一皿百円の回転寿司を見つけてから、すっかりそこが気に入った。計算しながら食べられる。

 渡場は車を走らせる。

 私も渡場も、ここ最近は出歩いていない。

 飲み放題のお茶をたくさん飲み、お気に入りのあぶりサーモンやエンガワを食べる。渡場はイカを各種食べつくす。

 ゆずイカ、イカげそ、蛍イカ、スルメイカ……。

 本当は、外食はわびしいと思っている渡場だが、私のわがままを必ず許す。

 最後にフルーツの盛り合わせを取る。

 渡場は、食後に必ず果物を要求する。それすらも、今は我が家の冷蔵庫にはない。

 私の鬱に、とことん付き合ってくれる渡場が悲しかった。




 ふっと抱き寄せてくれる渡場の腕は、日に日に痩せてゆく。

 鍛えないと、三・四日目から少しずつ筋肉が落ちてくる。毎日触れるから、すぐにわかるのだ。

 だから、渡場の腕の中にいても、限りなく不安になってくる。

 このままじゃあ、お互いに駄目になってしまう……そう思えてきて、ますます憂鬱になる。


「麻衣は、もっと俺に頼ってもいいんだよ」


 キスの後、渡場は真直ぐに私を見つめていう。

 微笑に片えくぼ。本当の笑顔なのか、苦悩の笑いなのか、私には判断がつかない。


「……すごく、頼りすぎていると思う」

「もっとだ」


 狭いベッドが少し広く感じられるのは、渡場が小さくなってしまったからだ。

 一回り細くなった腕を、私の感じやすい部分に伸ばしてくる。


「麻衣は、何も考えなくていいから。ただ、俺を信じていればいい」

「でも……」


 優しい愛撫に目をつぶりながらも、うん……とは言えない。


「大丈夫。ただ、信じて待っていてくれればいい……。信じてくれれば、俺はもっと強くなれる」

「う……ん……」


 イエスの意味ではない声が、私の口から漏れてしまう。


「もっと、俺にゆだねればいい。そして、嫌なことは忘れろ」


 この囁きは、悪魔の声だろうか?

 それとも神の啓示だろうか?


 渡場は、私が不幸になればなるほど優しくて、饒舌じょうぜつになる。

 私の不幸が、まるで自分の幸せであるかのように、片えくぼを作って微笑むのだ。

 不幸な私を渡場はますます愛する。

 反比例するかのように、私を慰めることで渡場は幸せになってゆく。


 男は……女は抱かれると、悩みがなくなると思っている。

 抱かれると、何もかも忘れると思っている。

 ……この上なく、傲慢な考え方だと思う。

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