唯一の味方・最大の敵・2


 私はぷんぷん怒りながら、タクシーで家に戻ってきた。

 祥子の言葉を思い出すと、腹立たしくてたまらない。ビールを一気飲みした。

 だいたい、祥子は女としての色気もなく、食い気ばかりで、太っていて、全然美人じゃないし……それで、私をひがむなんて、性格もどこであんなに曲がってしまったんだろう?


 昔は、あんなに明るくて人気者だったのに。

 快活な祥子が羨ましかったのに。


 私が憧れて口も聞けなかった先輩に、祥子は、がはは……と笑って話せて、頭をどつかれるような女の子だった。

 いつから変わってしまったのだろう?

 そう、祥子はひがんでいる……。


 でも。

 ビールが二缶空いたころ。

 ……自分が、まったくこころもとなくなってしまった。


 そうなんだろうか?

 私が悪いのだろうか?



 私は普通の女だ。

 ひがまれるような女じゃない。

 派手でモテモテの女なんて、もっとたくさんいる。

 仕事がバリバリできるわけでもない。さえる女ではない。

 地道にコツコツ貯金をしている。結婚資金のつもりではないけれど、いつか結婚できたらいいなぁ……と夢みている。

 たぶん、見かけよりも地味な女だと思う。

 でも、どうしてなのだろう? 私には普通の幸せが訪れない。

 顔も悪くないし、性格もまぁまぁのつもりだったのに、男運が悪くて結婚できない。

 不純な動機なしに誰も私に言い寄る人はいなかったし、やっと見つけた男は皆ひどいヤツばかりだった。

 そう、祥子が悪態をつけば百も出てくるような男ばかり。


 それって、私がいけないの?


 私はこんなに不幸なのに、どうして皆、私を責めるんだろう?

 涙が出てきた。

 孤独だ。だれも、私には味方がいない。


 結婚したい。

 結婚するなら、誠実な人がいい。


 そう思って、自分なりにがんばってきたつもり。

 地味でも何でも、真面目そうで、遊んでいるような人じゃなくて……。


「それは、簡単になびきそうな、何でも思い通りになりそうな男ってこと」


 目の焦点が合わなくなってきた。

 祥子のつくった煙草の輪が、なんだか目の前にちらつくようだ。


 そんなつもり……ない。



 私の恋は、いつも結論に結婚の夢があった。

 だから、いい人を好きになりたいのは当然だと思う。

 誰だって、いい人と結婚したい。

 誰が好き好んで悪い男を好きになるだろう? そんな恋なんて、誰だって「やめろ!」っていうに違いない。

 百人のアドバイスを聞いたって、いい人を選んで恋愛しろ! というだろう。


 いい人だから、好きになる。

 いい人だから、一緒に生きていきたいと思う。

 そんなの、当たり前だ。


 言いよったんじゃない。

 いい人だと思っただけだ……。



 電話が鳴った。

 三回コールで、留守番電話になる。


「もしもし、玲子です。えーっと……また電話します」


 なぜか腹立たしかった。

 祥子の言うとおり、私は玲子を羨ましがってねたんでいるのかもしれない。

 再び電話。


「もしもし、母さんだけど……お見合いのことで。また電話します」


 親の声なんか聞きたくない。

 しばらくすると、また電話。


「……プー……」


 無言電話。

 頭にきたから、モジュラージャックを引き抜いた。

 


 ビールをもう一本。

 テレビをつけてみる。チャンネルをせわしなく動かすと、くだらないお笑い。

 自分が笑われているようで、やはり気が落ち着かない。

 再びチャンネルを変えると、今度は生真面目な英会話の番組だ。ちっとも理解できない。

 やはりつまらないから、消す。

 ついでに電気も消してしまう。

 ただ、光も音もなにもない中を、ソファーにゴロンと寝転がった。

 暗がりに目が慣れてくると、天井の模様が歪んで見えて、ぐるぐる回っている。

 あぁ……天井って不思議だと思う。

 心模様というものが模様ならば、きっと天井が一番似ているのかもしれない。

 いつも同じはずなのに、まったく違って見えるのだ。


 ふと、渡場の天井に押しつぶされる夢を思い出した。そういえば、彼はしばらくそのような夢を見ていないように思う。

 夢を見て苦しんでいるのは、おそらく私のほうなのだ。

 押しつぶされそうになっても、揺り起こしてくれる手もない。

 誰も、私を助けてなんてくれないのだ。



 私には、どんなに夢見ても叶わないのでは? と思うことが、三つある。

 ひとつは、外国の言葉を覚えること。

 ひとつは、息継ぎして泳げるようになること。

 そしてもうひとつは……自分に繋がる誰かと巡りあって、結婚すること。


 叶わない夢は見てもしかたがない。

 もう、私は若くはないのだから……。


 語学は、とてもこの歳になってしまったら頭がさえなくてマスターできない。

 息継ぎは、鼻から水が入ってしまって、怖くなって練習もしていない。

 自分と繋がる誰か……なんて、宇宙の果てまで探したって見つかりっこない。


 渡場なんか、今頃妻の横にいる。

 父親の死に悲しむ妻をいたわる優しい夫をしていることだろう。

 神妙な顔で? それとも、片えくぼを見せて?


 神様のように?

 悪魔のように?


 どんな顔をしていたって、アイツは見事に演じきることができるのだ。

 良心の呵責なんて、彼には無縁だ。

 最悪最低ひとでなしのとんでもない悪い男なんだから。


 いい人なんて、何処にもいない。


「私はどこまでもいつまでも、たったひとりだ」


 そうつぶやくと、涙が出た。

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