悪女・4


「はぁ? ヨリもどしちゃったって? あんたにも困ったねぇ」


 最近はチュー梅酒に飽きてチューウーロンを飲んでいる祥子が、呆れたという声を上げた。


「うん、私も困っている」


 ホッケの骨をきれいにとって、私は言う。


「どこが困っているのよぉ。幸せいっぱいな顔しちゃって」


 そう言うと、祥子は私が骨に苦労したホッケに箸をつけた。


「まぁ、私達もう大人だから、自分の責任は自分でとることだし、どうでもいいことだけどねぇ。ひも宣言までされて、ほいほい、仲直りとはねえ」


「ちょっと、それ、私のホッケ」


「うん、ふぬけられているよりは、ホッケに怒る麻衣のほうが麻衣らしい」


 祥子は納得したように、うんうんうなずいている。


「ところで、今日はその傲慢やきもち男、大丈夫なの?」


「うん、今日は向こうもジムに行っているし、泥酔しなかったら怒らない」




 渡場は前よりも融通が利くようになった。

 酒一滴で怒ることはなくなったし、ちゃんと行き先さえ言っておけば、すんなり許してくれる。

 助かるといえば助かるのだが、寂しいといえば寂しいような……。


「麻衣を信じることができるようになった」

 と、渡場はいう。


 うれしいことではあるけれど、少し焦ってもらいたい気もするのは、わがままだろうか?



 あまり遅く帰ることはなかった。

 なぜなら、渡場は私の帰宅時間にあわせて帰宅をあわせるからだ。先に帰っていることは滅多になく、飲み会だと聞いたら誰かと飲みにいったり、漫画喫茶やパチンコで時間をつぶしたりする。

 新しい携帯電話は最新式で音もクリアで繋がりやすかった。

 何時に……と連絡を入れれば、地下鉄駅で待っていてくれる。


「先に帰っていていいのに」

「だって、あそこは麻衣の家だから」


 再び渡した合鍵を、渡場はほとんど使っていない。

 あのぼろ屋を渡場は住居としていたが、ほとんど戻ってはいない。

 時に郵便物などを取りに戻るだけで、常に私のところにいた。

 だから、渡場が遠慮して、先に家に上がらないでいるとは思えない。

 渡場はただ、灯りのない家に帰るのが嫌なのだ。




 北国が爽やかな季節を迎えた頃、私達はお互いに空気のような存在になっていた。

 いて当たり前、いなかったら不安。

 考え方などは違ったけれど、違うことでお互いを責めたり罵ったりすることは少なくなった。喧嘩も減った。


 ただ……。


 私は、時々不安になった。

 私が望んでいた実質的な結婚生活がここにある。

 ゆえに、結婚したいという身を切るような願望が薄れつつある。

 下手なことをして、この幸せを失いたくはないと思い始めていた。

 そして、それは渡場にしても、ではなかろうか?

 その後、妻との話し合いがどうなったのか、さっぱり言うことがなくなった。

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