悪女・3
翌日、職場で転勤者の発表があった。その中に、工藤の名前を見つけた。
地方の営業所勤務は、左遷とまではいかないが、完全に出世街道からは外れている。
あの日、工藤はおそらく内示をうけて、ひどく動揺していたのに違いない。
自分を抑え切れなかったのだろうと思う。
「新婚なのに、どうやら単身で行くみたい……」
そのような人の噂に、すこしだけ工藤に同情した。
工藤の家は妻の実家との二世帯住宅で、最近完成したばかりだった。妻にとっては親元であるが、工藤は肩身が狭かったのかもしれない。
子供ができて初出産を控え、医療も整わない知らない田舎へ行くのは、さすがに不安を伴うだろう。
妻は、工藤をとらずに実家を選んだ。
「かわいそうだけど、状況だから仕方がないよね」
誰もが別居を当然と考えている。
数日後、転勤者の見送り式があった。
工藤は笑顔さえ作っていたが、明らかに寂しそうだった。
「アウトドア好きの工藤さんには、天国じゃないんですか?」
などと、上司に嫌味とも言えるねぎらいをうけて、引きつっている。
見知らぬ土地に急に送りだされて、不安がないはずはない。おそらく、妻についてきてもらいたかったのだろう。
工藤は、渡場のような自由を謳歌するような、そのような男ではない。気の弱い事なかれ主義の小さな男だ。
調子がいいといえばいいのだが、私を選べばよかった……というのは、本当の願望だったのだろう。
私ならば、愛する男を一人にはしない。
すべてを捨てて、どのような遠くへでもついて行くだろう。
工藤は、私のそのような強引さをよく知っている。
「どうぞ、体に気を付けて……」
私が花束を渡すと、工藤は泣きそうな顔をした。
「白井さんこそ、お元気で……」
それが、工藤と交わす最後の言葉となった。
次から次へと渡される花束で、私の送った花束は見えなくなった。
何人かの男性社員と握手したり、肩を抱きあったりして、激励を受けている。
やがて駅までの送迎の車に、工藤の姿はかき消された。
「さようなら……」
私は口の中でつぶやいた。
工藤は、たとえ私をどんなに愛していたとしても、決められてしまったレールからは足を踏み外すことのできない、弱くて優しい男だった。
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