浮気者・2

 

 小学校教諭をしている増沢が函館に転勤することになった。

 最近は星を見ることよりも遊び仲間と化した仲間達が送別会を計画した。

 久しぶりに、渡場と私は同じ宴会で顔を合わせる。

 二人で出かけることもまれになっていたので、私は少し楽しみだったのだが、渡場は不機嫌だった。


「麻衣の横には、きっと杉浦が座る」

「直哉が座ればいいじゃない」

「そんなあからさまなまね、できるわけない」


 その言葉を聞いて、悲しくなった。

 私とならば死んでもいいと言ってくれた渡場は、もういないのだ。

 工藤と同じ、体面を気にする男に成り下がってしまった。

 



 宴会は盛り上がり、増沢は涙して別れを惜しんだ。

 二次会へと突入し、カラオケで皆、盛り上がる。

 案の定、私の横には杉浦が来て、星の話題をふってきた。

 私はチラチラと渡場を気に掛けてしまい、中々話に集中できない。

 杉浦がビールを持ってきてくれても、いつものノリでは飲むことができない。


「どうしたの? いつもの白井さんじゃないね、何か悩み事でもあるの?」


 杉浦はすっかり気にしてしまい、その結果余計に横から離れないことになってしまう。

 渡場は、すっかり理子に絡まれて楽しそうに歌を歌っている。


 突然、腹が立ってきた。

 なぜ、渡場なんかのために禁酒してあげたのだろう?

 私は私。アイツの犠牲になんかならない。

 所帯じみるのは結婚してからでいいのだ。


「では、ぱぱーーーっと飲んじゃいますか?」


 そういって、杉浦と乾杯した時だった。


「あれ? 白井さん、もう胃の調子はいいの?」


 トイレに立つふりをして、渡場が声を掛けてきた。

 視線に軽蔑の文字が浮かぶ。


「ええ、もう大分よくなりましたの」


 私も売り言葉に買い言葉ではないが、にこりと笑って見せた。


「でも、体調が悪いときはほどほどにね」


 そういうと、渡場は部屋を出て行った。



 やや時間をずらして、私もトイレにたった。

 案の定、トイレの横の階段で渡場が待っていた。


「麻衣、いい加減にしろよ。禁酒していたんじゃなかったのか?」

「……」


 いい加減はどっちだと思った。でも、渡場に言ったところで私の気持ちなど、わかってはくれないのだ。


「いいか? 麻衣はもう帰るんだ。何でも理由をつけて」

「直哉は? 直哉はどうするの?」

「俺も、時間をずらして……」


 そこまで話した時に、杉浦が出てきた。

 渡場は、あやしまれないよう何食わぬ顔をして、戻っていってしまった。

 仲間を全員裏切っているような、ひどい罪悪感だった。


 カラオケルームに戻ると、十分ほど時間を置いて私はおいとまを告げた。


「えー、最後に白井さんの【雨乞いダンス】をもう一度見たかったのになぁ!」


 増沢のがっかりした声に、私は苦笑してしまった。


「ちょっと胃を壊しているので、少し飲んだだけで酔いがまわっちゃったのよ」


 美弥や高井が本気で心配してくれている。


「じゃあ、エレベーターまで送るよ」


 渡場と酔いが回っている理子以外は、私をエレベーターの乗り口まで送ってくれた。


「白井さん、今までありがとう。また、落ち着いたらメールしますから」


 増沢の言葉に、私は小さくうなずいた。

 こんなうそっぱちの挨拶など、したくはなかった。


 私らしくない。私じゃない。


「うん、こちらこそ」


 言葉が苦い。

 杉浦は、なんと一緒にエレベーターで下まで送ってくれた。


「ごめんね、僕、本当に白井さんが体調悪いなんて、思っていなかったから、ビール勧めちゃって……」


「いいよ、大丈夫だから、ここまでで」


 必死に杉浦を突き放そうとするのだが、彼はついにタクシーまで拾って、私を押し込めてしまった。


「ありがとう、それじゃあ」


 手を振ったものの、私は正直困り果てていた。



 杉浦の姿が見えなくなったとたん、私はタクシーを戻してもらい、カラオケボックスの看板の前で渡場を待った。

 時間をずらして……で、話が途切れてはいたが、続きは帰るということだと思った。

 電話もしたが、カラオケボックスではうるさすぎるのだろう。出ない。

 酔っ払いの親父が、私に声を掛けたりする。コールガールとでも勘違いしたのだろうか? このようなところで二十分も人を待っていたら、そう思われても仕方がない。


「違います! 勘違いしないでください!」

「ひえ、怖いねーさん」


 酔っ払い親父は振り切ったが、すすきののど真ん中で三十分はきつかった。車が何台も止まっては、声を掛けてゆく。これは無視である。

 散々罵られながらも、早く渡場が出てこないか、と待ち続けた。


 ちらりと先に帰ることも頭に浮かんだ。

 しかし、もう、ここまできたら、ほとんどやけっぱちである。

 四十分後、着信に気がついたのだろうか? 渡場はやっと出てきた。

 歩き去る様子がないのは、私を探しているのだろう。


「直……」


 声を掛けようとしたところで、私は硬直してしまった。

 渡場の腕に飛びついた影があった。

 理子だった。

 渡場は、あたりをきょろきょろしたかと思うと、理子とともに歩き出した。

 理子がべったり寄り添って……そして、背伸びして渡場の頬にキスをした。



 私は電話した。

 こっそり二人の後を追いかけながら、何度も何度もコールした。

 柱の陰やら、ゴミ箱の陰やら、時に迷惑そうな恋人たちの陰に隠れながら……。

 駐車場についた時、渡場はやっと電話に気がついた。しかし、電話に出ることなく電源を切ってしまった。

 そして、酔って足元のおぼつかない理子のために、助手席のドアをうやうやしく開け、抱きかかえるようにして押し込んだ。

 ドアはすぐに閉まらなかった。

 二人はなにやら会話か……もっと親密なことをしているらしい。渡場の姿はドアに隠れて見えない。

 やがて、渡場はドアを閉めようとして体を起こした。首に白い手が掛かっていたが、彼は優しくその手を外した。

 そして……車は私の知らないところへと走り去ってしまった。

 私の手から、ぽろりと携帯電話が落ちた。

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