不平等恋愛・5
吸いきれない煙草に、渡場は火をつけては一口吸い、そしてすぐに消す。どうせ、また新しい煙草に火をつけるくせに。
私は、渡場が心地よくなるような言葉のひとつもかけられずに、居心地の悪い自分の部屋で、立ち尽くしてそれを見ているだけなのだ。
その様子に耐え切れないのは、いつも渡場のほうである。
「俺はいったい、いくら貢げば麻衣の信頼を勝ち取れるんだよ! 麻衣はどうして答えないんだよ!」
渡場は、いきなり私の首に手を掛けて引き寄せた。
「あれはどうした?」
私は何のことだかわからずに、奇妙な顔をした。
「プレゼントしたネックレスはどうした?」
しばらく思い出せなかった。
東京に出張に行ったときに買ってきてくれたルビーだと気がつくのに、かなりの時間がかかった。
——すっかり忘れていた。
ルビーのネックレスは、箱に入れたまま引き出しの中にしまってある。
それは気に入らなかったからではなくて、後ろめたかったからだ。
勘のいい渡場が、いつか指輪の由来を知って傷つくことを恐れていた。
指輪も外してしまいこんでいた。
渡場には、売り物のセーターに引っかかり、困るから外している、と説明していた。
「何かパーティとかあったら、ネックレスにあわせるね」
その言葉に、渡場も納得していたはずなのに。
にこにこ笑っていたはずなのに。
いつまでたっても身につけてくれないことに、内心苛々を募らせていて、今回がきっかけで爆発してしまったらしい。
「俺はいったいいくら払えば、麻衣を満足させられる?」
私は目が回ってきた。
——信頼していないのは渡場のほうではないか?
私が、男をまるで使い捨てにするような、貢がせては気に入らないものは捨ててしまうような、そんな女だとでも思っているのだ。
確かに、今まで付き合い始めてから渡場が私に費やしたお金は、すごい金額になるだろうが、別に私が望んだわけじゃない。
ひどいことを言われると思って、私は身を堅くした。
が、渡場は痛いくらいに肩をつかんだだけだった。
「お願いだから……俺をこれ以上カッコ悪い男にしないでくれ」
景気よくおごるのが男の甲斐性と思っている渡場にとって、金のことで女と喧嘩するのは、最悪のことだったらしい。
その夜から、私は渡場がくれたネックレスをすることにした。
今夜はそれで仲直りすることにしたのだ。問題は内包したままで。
洗面所の鏡で見ると、真白な胸元に赤く輝くルビーは少し妖しくて美しかった。
渡場は日焼けした真っ黒な腕で私を後ろから抱いて、首筋にキスをした。
まるで首輪を私につけたかのように、渡場はうれしそうにしている。
まだ複雑そうな顔をしている私に渡場は言った。
「麻衣には黙っていたけれど……妻に会って少し話をした。離婚のことで」
鏡に写った私の顔は、少し驚いていた。
「麻衣は……本当に俺を信じてくれないんだね」
渡場は、その表情を見て少し苦笑した。
「信じてくれたなら、俺はもっと強くなれるのに」
やや腕に力がこもった。
「彼女は俺を散々なじって、人でない、心がないって、怒鳴り散らして、全然話にならない。とりあえず、子供の分と彼女の生活費で月二十万渡すことで、離婚の話を継続することを許してくれた」
「二十万? いつから?」
「1月から……」
全然気がつかなかった。
二十万といえば、私の給料の手取り分にほぼ匹敵する。
渡場のような金銭感覚でいたならば、あっという間に持ち金がなくなってしまってもおかしくはない。
渡場の妻の、あのキリキリとした電話の声を思い出す。
「麻衣、お願いだから……もっと俺を信じていて欲しい」
話し合いを思い出したのか、渡場は少し震えた。
渡場は、初詣のときに願をかけた。
神を信じないといった、その傲慢さの影で。
そして、すぐに妻と話し合ったのだろう。
渡場は……本当に離婚する気だ。
もしもそうだとしたら……私だって、もっと真剣に考えることがあるかも知れない。ただ、利用されているだけかも? だなんて、考えている場合ではない。
渡場と渡場の妻と渡場の子供にも、大きな影響を与えることなのだから。
深刻な事態に追い込んでしまうのだから……。
好きならば、もっと信じるべきだ。信じる努力をするべきなのだ。
が……。
ふと、祥子にそのことを打ち明けて、ため息をつかれたときには、気持ちは再び揺れ動いてしまった。
「麻衣、あんた本当にどうかしているよ? そのうち、話し合いのために十万貸して、二十万貸して……になるんだから」
祥子は、小さな目で私をまじまじと見た。
「いい? 人の不幸の上に自分の幸せを見つけようなんて、絶対に考えないこと。それを割り切って付き合わなければ、骨の髄までしゃぶられちゃうよ」
ぞくっとした。
結局、私は渡場を信じ切ることもできず、疑い切ることもできず……。
時々、たいした困ってもいないお金のことで、同じような喧嘩と仲直りを繰り返すのだった。
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