不平等恋愛・4
スーパーの買い物カゴを振り回して歩く渡場の後ろを、できるだけ遅れないようについて歩く。
黒毛和牛のパックを見てぽんとカゴに入れるのを、私はぼんやりと見つめていた。私一人のときは、和牛どころか牛肉さえも買ったことがなかったのに。
レジに並んで会計をするころになって、渡場が顔をしかめた。
「ごめん、麻衣。三千円ある? 銀行で下ろすの、忘れた」
「あ、うん……」
私は自分のお財布の中から、千円札を三枚出して渡した。
一瞬、祥子の『ひも』という言葉が頭をよぎった。
渡場と暮らして、特に生活が苦しくなったとは思わない。
それどころか送り迎えはついているし、スーパーの買出しも重たい袋を提げて帰らなくて済むようになった。
私の生活は、むしろ潤っていると思う。
渡場はただ、金銭感覚が大雑把なのだ。
欲しいものはポンと買うし、学生や後輩と出かけるとおごってしまう。
お金がなくなればお茶漬けで我慢するが、お金が入れば豪華ディナーを食べてしまうようなところがある。
渡場の家のことはあまり聞かないけれど、今までの話からけっこう裕福だったのではないか? と思うことがある。そうでなかったとしても、子供の頃からかなり自由に使えるお金があったのではないだろうか?
お堅い両親に育てられて、コツコツお金を節約して貯めてきている私とは、根本的に違うのだ。
いっしょに暮らし始めてから、だんだん外食は減ってきた。
渡場の懐は、徐々にいたまなくなってきている。
「本当は、気取った店は嫌い」
と言った渡場に手放しで賛同した私だが、徐々に日常に流され始めて気取りがなくなった生活に不安を感じないわけではない。
家で食事を作って、ただ、食べる。
最近は、車のドアをうやうやしく開けてくれることもなくなった。
そんな仲じゃなくなった……といえば、そうなのだ。
渡場は、私にときめきよりも憩いを求めはじめている。
明日は、五千円というかも知れない。
明後日は、一万円というかも知れない。
渡場のペースにはまりきって、貢ぐだけの女に成り下がりそうな気がした。
「三千円、明日返してくれるんだよね?」
つい、車の中で言ってしまった。
「何だよ? 三千円ごときで」
渡場の声が冷たかった。
おそらく、冗談で言ったなら、ガメツイなぁ……で笑い話だったに違いない。
でも、勘の鋭い渡場には、私の不安がばれていた。
「誰に何を吹き込まれた?」
「え? 別に誰にも……」
渡場は忌々しそうに吐き捨てた。
「どうせ誰かに、そんな男に利用されて……とか、言われてきたんだろ?」
どうして渡場はここまで勘がいいのだろう?
それとも、私がすぐに顔に出るタイプなのだろうか?
「言われてなんかいない! ただ、きちっとけじめをつけなくちゃいけないと、自分で思っただけじゃない!」
「けじめ? 麻衣は俺がただダラダラと付き合っていると思っているんだろ? どうせ離婚して麻衣と結婚しようと思っていることなんか、信じてなんかいないんだろ!」
「そんなこと、言っていないじゃない!」
たかが三千円で、どうして喧嘩になってしまったのだろう?
家についても雰囲気は悪いままだ。
買い物をした肉が、料理もされずにそのままになっていた。
「よそう……。金で喧嘩するのは嫌だ」
渡場の言葉に、どうにか仲直りしようという響きがあった。
でも、私には「このままお金のことは目をつぶれ」といわれたような気がして、反論もできず、ただ黙っていた。
無言のまま、買ってきたものを冷蔵庫にしまい、心を落ち着けようとしていた。
「なぜ、黙っている?」
渡場が、少しいらついている。
「なぜ、そうしよう……って、言ってくれない?」
「だって……そんなの、不公平だもの」
涙声でつぶやいた声に、渡場はすっかり切れてしまった。
「不公平? 不公平ってなんだよ! 麻衣は俺をいつも疑ってかかる!」
信頼されないことに異常なほどの拒絶反応を起こしてしまうのが、渡場の発作ともいえる。
こうなったら、渡場は手をつけられない。
私がたとえ正論であっても、口で彼に勝てるわけもない。イエスでない意見にはだんまりしか方法がなく、だんまりには渡場も弱かった。
手が出ることはないのだが、怖くて私は距離を置こうとした。
流されていく日々が怖い。
『ひも』という言葉が、どうしても離れない。
信じていないのだから、信じているふりはできない。だから、渡場が苛々するのもわからないでもない。
もっとはっきり言えば、もちろんその話ではないのだけれど、離婚をちらつかせるのは、卑怯だと思う。
それをどうやって言えばいいというのだろう?
言えといわれて言ったら、すべてが終わってしまう。
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