不平等恋愛・2
一年の計は元旦にあり……というが、しばらくの間、私と渡場の関係は良好だった。
それは、正直いって私の努力の賜物だと思う。
新年で目白押しの宴会も飲み会も断った。
個人主義の若い世代と全体主義の古い世代の狭間で、私の年代は率先して宴会を盛り上げる役割をになわされがちだ。
都合悪い、出たくない……で、付き合わない後輩の尻を叩き、飲むのも仕事のうちだといって、引きずり出す。
その私が宴会を蹴るのだから、肩身が当然狭くなる。
参加しても「医者に止められている」と言って、一切飲まなかった。
一口飲んだだけで、渡場は私を酔っ払いと判断してしまうので、まったく飲めなかった。
酒好き・宴会好きの私には地獄の苦しみで、しかも上司には嫌味を言われる。
「白井も三十歳になったら落ち着いたなぁ」
渡場は、その変貌振りに感動さえしてくれた。
ゆえに、彼もおかしなことを言ったり乱暴したりすることもなく、私達は平和だった。
私がまっすく帰るようになって、安心したのかも知れない。
渡場は、時々夜間テニスにも出かけるようになった。
筋肉は鍛えないとすぐに落ちてしまう。渡場の体形が、けして神様の恵み物ではなく、努力で維持されてきたものだと気がつくのに、時間はかからなかった。
私が持ち上げられないようなバーベルを買ってきて、しばらくは家でもエクササイズをしていたが、さすがに飽きてきたようだった。
出かけてきた日は、まるで小さな子供が母親に報告するみたいに、すべてを教えてくれるので、時に唖然とした。
どれだけ自分が学生にもてるのか? を、力説されたときには、やきもちを妬くべきなのか、悩んでしまった。
もてない我上司だって、バレンタインはチョコの山になる。
きっとバレンタインにはチョコレートなんていらないのだろう……などと思い、セーターを買ってプレゼントした。
ちなみに、渡場の誕生日はバレンタインデーの十四日だった。
チョコレートに誕生日のプレゼントを付けて贈られることが多い……などと、得意満面で言っていたくせに、彼は私からのチョコレートがないといって、落ち込んだ。
「学生にはもてるけれど、今、学校休みだから」
などというので、翌日慌てて買い足す羽目になる。
渡場は、子供のようにチョコレートを喜んだが、結局食べるのは私だった。
ベッドの中で抱き合い、キスを繰り返しながらも、それ以上は行かない。
それは私があの夜以来、怖くなってしまってだめだからなのだが、渡場は高まる気持ちを見事なくらいに抑えきってしまう。
「俺は、麻衣が体を堅くするのは感じてるからだ……と、思っていた。苦しがっているなんて、思ってもいなかった」
そう悲しそうに言われて髪を撫でられると、すべてを許してあげたくなる。
でも、だめだった。
「俺は、麻衣を大事に大切にしたい」
そう言われて、どうにかしようと思うのだけど、どうしようもないのだ。
受け入れようと思えば思うほど、体が硬くなってゆく。
気持ちばかりが焦ってしまい、目の前が真っ暗になってゆく。
渡場の誕生日をきっかけにしたかったのに、彼のほうが先にやめた。
思い出してみれば、あの夜。
渡場は私を殴らなかった。蹴り上げたりもしなかった。
暴力男とは違った。
あまりに強引だったので、行為以上に恐怖を感じたのだと思う。
たぶん……渡場は。
私が望んでいると、傲慢にも本気で思い込んでいたのかもしれない。
渡場が私に無理強いをしないのは、謝りもしないその夜を後悔して……かもしれない。
おそらくは激しい拒絶を乗り越えて女を征服してやろう、などという気持ちは初めから持ち合わせていない。女は落ちるもの、自ら身をゆだねるものだと思っているのだろう。
彼の辞書には「女から拒絶される」という文はない。
いや、拒絶など絶対にさせないのだ。
私に受け入れてもらえないことを敏感に感じて、拒絶される前に、先んじて自分を押さえ込み、自己防御をしてしまう。
否定されてしまうことを激しく恐れる渡場は、そうして自分を保っている。
そんな日々が続く。
体を許す・許さないは、恋人同士の間では大きな問題だと思う。
でも、実はそれは些細なことなのかも知れない。渡場を見ていたら、そう思えてきてしまうから不思議だ。
ぎこちなくなってしまいそうな夜。
性を切り捨ててしまたような、渡場の切り替えの上手さに、私は時々驚かされる。
彼はいじけることも、落ち込むこともしない。前向きで強い。
何かにつけ、くよくよしてしまうことの多い私は、時に感心してしまう。
「俺は、この傷が好きだ」
渡場はいたずらすることを覚えてしまい、時々嫌がる私を押さえ込み、傷をくすぐる。
「嫌! バカバカ! そんなに触って、傷が広がったらどうするのよ!」
ぜいぜいしながら逃げ惑う私を、追いかけて遊ぶのが大好きなのだ。
「大丈夫。広がったって俺、嫌がらないから」
「あっ、ううう……バカ!」
指で傷口をなぞられた時には、体中に電気が走ったように鳥肌が立ち、のけぞってしまうのだ。
「俺だけが知っている傷。この傷がある限り、麻衣は俺以外に肌を許さない」
まるで私が傷物でうれしいような、幸せいっぱいの微笑みを見せられると、はっきりいって変態っぽくて気持ちが悪い。
傷のために渡場を拒んだことを思い出す。
知っているのだろうか? と、一瞬思うが、こちょこちょこちょ……と、耳元で囁きながら、指でさすられると、何も考えられなくなる。
「あぁぁ! 子供じゃないんだからぁぁぁ!」
人の体で遊ばないで欲しい。
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