別れの系譜・3


 二日に帰る予定を、私は早めて一日の夜に帰ることにした。

 母がおろおろしていたが、どうしても父と話を重ねると苛々してしまい、気分が悪かった。

 それに渡場。

 結局、携帯電話は一度も繋がらす、私はやきもきしていた。

 渡場が戻ってくるのは二日の予定だが、一刻も早く会いたい気持ちが私を急かせた。


 

 バスに乗って地下鉄に乗り継ごうとすると、なんと元日ダイヤで終電が行ってしまった後だった。

 初詣用に三十一日は動き続けていたらしいが、その振り替えらしい。まだ九時だというのに。

 タクシーで帰るしかないのだが、そのタクシーさえ見つからない。

 渡場に電話……とも思ったが、富良野に行っているはずの渡場に電話してもどうにもならない。


 私は駅のほうに歩き出した。

 駅ならば列車は動いているから、タクシーもそれに連動してあるはずだ。

 日中気温が上がったらしく、雪は一度とけて、粗目砂糖のような氷の粒に変化している。

 砂地を歩くように歩きにくい。短い靴の間から雪が入り込み、ひやり、そしてじわりと溶けてゆく。

 元旦からついていない。ブーツを履けばよかった。

 しばらく歩くと、後ろから呼びとめられた。


「あのーすみません。すすきのってどちらですか?」


 見るといかにも本州方面からの旅行客らしき二人組の青年だった。

 スキーツアー客らしく、防寒にスキー用のジャケットを着ていた。


「ここからですと、歩くと三十分以上かかると思いますよ」


 二人は顔を見合わせた。


「じゃあ、タクシー……かな?」


 結局、駅まで三人で歩いていってタクシーに乗ることになった。

 タクシー乗り場には、たった一台のタクシーしかなく、譲り合った結果、三人で乗ることになった。

 どっちみち私の家も同じ方向だった。

 名古屋から来たという二人は、ナンパなにわかスキーヤーではないらしい。本格的なスキー野郎のようだ。憧れの北海道でスキーができるとはしゃいでいた。

 私も、最近はスキーには面倒で行く気がしないものの、歩けるようになったときにはすでにスキーを履いていた。

 おのずと話が弾んでくる。年齢も、私と同じくらいだろう。

 すすきのに着く頃には一緒に食事をすることになって、私もタクシーを降りてしまった。


 北海道の料理を出す店は、普段はそれほど混んではいないのだが、元旦で休みの店が多かったせいもあり、満員だった。

 回りを見れば、ほとんどが観光客だった。私にしても、目新しい風景に感じて、世界が変わって見えた。

 ホッケを頼むと、二人には珍しかったらしく目を丸くしていた。

 じゃがバターやイカの沖漬けなど、有名どころの料理を頼み、北海道の地酒を飲んだ。

 料理がいつもよりも遅いのには閉口したが、旅行者にとっては気にならなかったようで、二人は満足しておごってくれた。

 名古屋というところは、私にとっては知らない土地で、彼らの話を聞くのも楽しかった。

 私も、まるで旅に出たような楽しい出会いを満喫し、そこからタクシーに乗って帰った。



 ホクホク気分でタクシーを降りた。

 そして、家の前に渡場の車を見つけたときは、うれしいを通り越して驚いた。

 私の部屋に灯りがともっている。


 どうして?

 何か予定が変わったの?


 雪が積もってすべる階段を、私は駆け上がった。

 部屋に灯り。そしてそこは暖かいだろう。

 一人きりの冬の夜、部屋が暖まるまでコートを着て震えていることは、これからはないのだ。

 優しい笑顔を思い浮かべると、それだけで顔が崩れてしまう。

 一晩会わなかっただけなのに、会えると思うとうれしくてたまらない。

 鍵を一度取り出したが、私はベルを鳴らして、開けてもらうことにした。

 そのほうが会える感動が大きいような気がしたのだ。

 中々出てこない。でも、かすかに気配がしている。

 おそらく、覗き穴から急な来客の姿を確認しているのだろう。

 それを見越して、私は穴に向かって手を振った。

 案の定、渡場は驚いてドアを開けてくれた。


「直哉、あけましておめでとーーー!」


 私は喜びのあまりに飛びついた。

 渡場も、私をぎっちり抱きしめてくれて、そしてキスをしてくれた。

 が……。

 とたんに彼の体がこわばっていくのがわかった。


「直哉?」


 突き放すようにされて、私は戸惑ってしまった。

 何が起きたのかわからなかった。


「麻衣は……酔っているね?」


 渡場の言葉に、暖かかった部屋の空気が外気よりも冷たく感じられた。

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