ハーフタイム
祥子さんのぼやき
祥子さんのぼやき
結婚。
その言葉は、今の私たちには禁句。
私は小さくため息をついて、何だかよくわからないけれど、オレンジと黄色のきれいなグラデーションの酒を飲んだ。
げげげ……甘い。
だいたい、この店の趣味は私には合わん。
まずは、暗すぎるでしょ? トイレにたつのもはばかられる。
ウェイターが蝶ネクタイでしょ? ハッピで景気のよいハキハキした学生のほうが好きなのよね。
流れる音楽は生演奏のピアノだけど、何だかよくわからん。ジャズらしいけれど、かったるい。
すすきののネオンがチラつく窓辺の席には、やや大人の恋人同士がいたりして、寂しい女三人にはきついと思われる。
これは玲子の趣味なんだから、まぁ、それはそれでいいんだけれどね。麻衣と私には、ちょっと似合わないような気がする。
玲子はこの店の常連らしく、いつものカクテルとやらを頼んでいる。
ちょっと地味すぎるトラッドのスーツと皮製の大きめのバッグは、玲子のキャリアを主張している。バリバリの働く女って感じよね。
大人しいベージュの唇をややほころばせて、彼女はあまり話題にしたくない話題をふってきた。
それが、この飲み会の真の目的だったのだとは思うけれど。
「私、お見合いするの」
その後のニコニコを見ていると、
「私、結婚するの」
と、もう決め付けているようで、なんか怖い。
玲子と麻衣は、私とは高校時代からの付き合い。
だけど、三十歳近くにもなって、誰も嫁にはいっていない。
結婚したくないわけではなく、ただ、相手がいないだけだ。
若い頃は結婚なんて……とは思っていても、三十歳になって嫁にいけないとやはり焦りも出てきて当然だとは思う。
だから、玲子の気持ちはわらないでもないのだが。
「なによぉ、変な男かもしれないのに会ってもいないうちにニマニマしないでよ」
私がむっつりして言うと、隣にいた麻衣がぎくりとした顔をした。
華やかなローズの口紅も、この闇の中では黒々と見える。オリーブを乗せた酒をごくっっと飲んでむせている。
こんな仕草も美人は得だ。
かつてはかわいいで収まっていた麻衣も、長年のデパート勤務で鍛えられ、化粧上手になって、まさに美人というタイプ。やや、色っぽいんだよね。
花柄のハンカチを出して、涙目を押さえている。
ははぁん、麻衣のヤツ。
最近、お見合いでもしたんだろう。
それで、相手はとんでもないやつだったんだろう。
結婚を焦っている彼女は、失恋すると必ずといっていいほどお見合いをするのだ。顔に出るからすぐわかる。
二人とも……別に焦る必要なんてないと思うのにな。
麻衣は、高校時代からかわいかった。
やや、晩生なところがあって、打ち解けあうまでに時間が掛かるほうだけど、打ち解けると甘えてくるタイプだ。
私の腕を取って歩くのが癖で、そのため私たちはレズだと思われていた。おかげで、ずいぶんと男子生徒から嫉妬の目で見られたものだ。
玲子は、才女で鳴らしていた。
才色兼備の女というやつ。完璧すぎて、かえって彼女に手を出そうなんて男もいなかったような気がする。
いわば、高嶺の花だったのよね。
私は……というと、たくましい足と腕のせいか、けっこうクラスでは頼られるほうで、あまり色恋も無かったかな?
あ、今も変わらないや。
でも、けっこう恋愛ごとの相談にはのってきた。
だから、この二人に男の子が夢中になって、泣きを見た女の子がたくさんいたことも、かなりあったことを知っている。
つまり、この二人。高校時代は、並み居る男をズッタバッタとふってきたタイプなのである。
それが、三十歳になって、「男が欲しい」もとい「結婚したい」とわめくとは。
「だって……こんなにおばあちゃんになって……」
玲子は愚痴っぽく言い出した。
「あなたたちはまだ二十九歳だからいいわよ。私はもう、三十歳になっちゃったのよ。ああ、こんな年齢になって、お嫁にいけないなんて、恥ずかしいわ」
だから、三十歳独身女には、結婚の話などするものではないのだ。
あきれ果ててしまう。
「……あのね、私も来月三十歳なんだけれどねぇ……」
今も、おそらく来月になっても、私は別に恥ずかしいとは思わないんだけど。
女三十歳。
人生の曲がり角だとは思うわよ。たしかに。
デパート勤務。
玩具売り場・約十年。
浮いた話はほとんどない。
相変わらず、回りに頼りにされていて、恋愛相談は星の数よ。
結婚したくないわけじゃない。
いい人がいたら、結婚したいと思っている。
でもさ……。
この二人の、結婚狂想劇を見ていたら、何だかゲンナリしてくるのよね。
ここまでいったら、何だか滑稽でね。必死に就職活動って感じよね。
見合いでも何でも、結婚できてOK! ではないよね。
とはいえ、応援はしているわよ。
二人が結婚して幸せになれるよう、友人としては祈っているわけ。
まぁ、人の人生なんてそれぞれよ。
(終わり)
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