正しい家族のあり方・4


 子供の頃を思い出す。

 私は三人姉妹で、真ん中。なんとなく目立たない存在だ。

 クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントが一緒になってしまっても、文句の一つも言えなかった。

 クリスマス・イブに産んでくれた母を恨んだ。

 家庭が経済的にさほど恵まれていないことも知っていたから、わがままが言えなかった。

 家で羽振りがよかったのは、祖母だけ。

 おばあちゃん子の姉が、いろいろおねだりしているのを横目で見て、暗くなっているような子供だった。


「欲しいものを欲しいって言えない子なんて、かわいくないよ、本当に!」


 母親似の私を、どうも祖母は嫌っていて、よくそう言った。

 いい子ぶるタイプだったのかもしれない。

 そして……大人になった今でも、良心的な人間を演じてしまったのかもしれない。


 本当は欲しいものが多すぎたのかもしれない。

 でも、何が欲しい? と祖母に聞かれると、何も言えなくなっていた。

 ただ、頭の中が真白になって、口からどうしても何も出てこなかった。

 心から欲しいものがなかったのかもしれない。

 いや、本当に欲しかったのは、誰よりも一番愛されている……という証拠だったのかもしれない。

 姉よりも妹よりも、私をもっともっと見て欲しかったのに。

 子供の頃、私は自分を不幸だと思っていた。



 クリスマス・イブの夜は残業だった。

 この日はさすがに飲みに出る者もなく、私は寂しく地下鉄に乗った。

 渡場に電話……と思ったが、ここが潮時なのだろうと思った。


 ——ごめんね。


そう謝りたかったけれど、声を聞いたら気持ちを抑えきれなくなる。

 謝って自分をいい子にしてみたところで、何も変わらない。

 所詮は不毛の関係だ。お互いのためには、これでいい。


 雪がしんしん降る中を、コンビニでお弁当とビールを買って家に帰る。

 今日は私の誕生日だ。

 あたりの家々はお祝いしているだろう。ただし、クリスマス・イブを。

 屋根から伸びる氷柱が、まるでシャンデリアのように輝いている。

 凍った道で、一回滑って転ぶ……というおまけまでついた。

 もちろん、誰も助け起こしてはくれない。むしろ、恥ずかしい姿を誰にも見られなくて、ほっとした。

 お弁当は、ちょっと悲惨になっているだろう。

 コンビニの袋を拾い上げると、ビールの缶に雪が着いていてキリリと冷たかった。


 アパートの前も雪がたくさん積もっていた。駐車している車の中に、渡場の車はなかった。

 未練がましく探している自分が情けない。


「私は三十歳。これからは一人でがんばって生きていくかな? それもいいかも」

 などとつぶやいてみる。


 下の階の家では、窓際に色とりどりのライトが光って見えた。窓に張った霜に拡散されて、キラキラと輝く。

 あぁ、クリスマス・ツリーだ、と思った。

 そういえば、昔は我が家もクリスマス・パーティをやった。

 普段は仕事で遅い父が早めに帰ってきて、しかもケーキを買ってきてくれた。

 母の手作り料理を食べて、メリークリスマスとハッピーバスディを歌うのだ。


 私のどこが不幸だっただろう?

 考えてみたら、とても幸せな子供時代を過ごしてきていた。

 一人暮らしをしてからは、ツリーなど飾ったことはない。



 今頃。

 渡場は、ちゃんと家族団欒かぞくだんらんのクリスマス・イブを迎えているのだろうか?


 それでよかったのだと思う。

 それが正しい家族のあり方だと思う。

 私も私で、いつか誰かと正しい家族を作ればいいのだ。


 しんしん降り積もる雪を見ながら、具が偏ったコンビニ弁当を食べ、ビールを飲む。

 テレビのクリスマス・ソングも飽きたので、さっさと寝ようと思った。

 お気に入りの森林の香りで入浴し、さっぱりしたところで寝酒の二本目のビールを開ける。

 あと一時間で今日も終わる。三十歳。

 明日はゆっくりして、暮れの大掃除でもしようか? などと考えていた。



 電話が鳴った。

 嫌な予感がした。


 クリスマス・イブの夜は、一人の女はとても寂しい。

 玲子の愚痴に違いなかった。

 今日こそ絶対に付き合うものか! もうビールもないことだし……と、心に誓って電話に出た。


「もしもし」

「麻衣?」


 思わず受話器を落としそうになった。

 五日ぶりの渡場の声だった。

 少し割れたような、聞き取りにくい声。電話が遠い。


「直哉?」

「これから、麻衣の誕生日だし……遊びに行っていい?」


 めまいがしそうなくらいうれしかった。涙ぐんでしまった。

 バカだと思う。

 三十歳になっても、こんな不毛の遊びを続けるのか? と、思う。

 でも、やはり私には渡場が必要だった。

 渡場でなければ、だめなのだ。


「うん、わかった……。待っている。あとどのくらいで着く?」

「実は……もう下にいる」


 え? と、思った。

 これは、許可を得るという電話なんかじゃない。

 慌てて下を見ると、渡場の車がある。


「じゃあ、これから行くから」


 電話が切れるか切れないかのうちに、ベルが鳴った。

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