正しい家族のあり方
正しい家族のあり方・1
十二月の二十四日が来たら、私はついに三十歳になってしまう。
三十歳までに結婚できたらねぇ……などと言っていて、師走も日々が過ぎてゆく。
ところが、私の横には悪魔のような男がいて、ちやほやと優しい言葉を掛けてくれるものだから、困ったことに他の男に目が行かない。
このようにつきあい始めて二ヶ月ほどが過ぎたから、そろそろ飽きてくれてもいいころだと思うのだが、ぴったり寄り添って離れていかない。
うれしいのだけれど、困ってもいる。
自分の将来に不安を感じても、ふっ切ることができないのだから。
「麻衣の誕生日には、Aホテルの最上階のレストランで食事しようか?」
渡場の言葉に、私は眉をひそめた。
「世の中、クリスマス・イブなんだよ?」
「でも、麻衣の誕生日でもある。俺にとってはキリストの誕生よりもずっと大事」
はじめのうちは、あまりの臭い台詞に苦笑していた私だが、このごろは慣れっこになってしまった。ちょっとやそっとでは、動じない。
「Aホテルの最上階レストランなんて、普段の三倍に値段が跳ね上がるんだよ。それよりも……」
「プレゼントのほうがいい? 指輪? バッグ? それとも……」
目を輝かせながら次々とプレゼント候補をあげる男。これが普通の恋人ならば、私も目を輝かせたかもしれない。
でも、渡場には妻子がいる。
こんな会話は、まるで援助交際の親父のようだ。私はしかめっつらになってしまう。
「それよりもたまには家族サービスでもしなさい」
世の中に、そんなヘンなことをいう彼女がいるだろうか? 渡場は目を見開いた。
「それって……何? まだ、俺が離婚することを信じていないのか?」
「信じていないよ、当然」
「俺、本当に不幸」
渡場はため息をついて、へそを曲げてしまった。
渡場のことを愛しているのだとは、思う。
妙にやきもちのところは時に困るのだが、一緒にいないと寂しくて死にそうになる。
毎日のように会っていて、最近は私の部屋で食事したり飲んだりもしている。
それでいて、ちゃんとけじめはつけていて、どんなに遅くても家には泊まらない。一線も越えない。
男の誠意……というよりは、私がいつか身も心も差し出すという、傲慢勝手な自信を持っているのだろう。
そんなことはありえないのに。
渡場という男は遊び人だから、結婚している身であっても、妻以外の女を抱くことに罪悪感なんて持っていないはず。
なのに、かっこつけなのか、私の前で妙に紳士であろうとする渡場の忍耐に、傲慢ゆえの滑稽さすら感じてしまう。
時に寂しく感じて、ぎりぎりのところまで甘えたりしている私は、本当は残酷な女かもしれない。
ゴロゴロと猫のように膝の上に乗ったりしておきながら、胸やお尻にうっかり伸ばしてきた手を、景気よく容赦なくひっぱたいている。
どんなに甘えたって、イエスの意味じゃない。
渡場の誠意の仮面をちょっとばかり暴いて、やっぱりねって、軽蔑してやりたいと思う。
が……。
「まぁ……麻衣が誰にでもホイホイの女じゃなくて、うれしいと思うよ」
渡場は、私の意地悪を軽く受け流し、片えくぼを作りながら笑うのだ。
だから、もっと意地悪したくなる。
もちろん、抱かれたいと思う。
でも、私が一線を越えないのは、不純だと思うから。
不倫という関係には、まったく誠意を感じない。人間の道を外れているから、不倫なのだ。
人間は、欲望に支配されることよりも理性が必要だと思う。ただ、感情に流されてしまうような恋は、所詮は続かない。
それと、結婚に対しての理想がある。
多少の浮気はあろうとも、誓った愛は永遠である。お互いに誠心誠意を尽くすものだ。
私はそういう恋をして、そういう結婚をしたい。
さらに……。
渡場という男の、人間としての欠点が、私にストップをかけていた。
この男に体を許したら、おそらく、すぐに飽きられてしまう。
それはある意味、不毛な関係をやめたい私にとっては、いいことなのかも知れない。
でも、私は渡場を失いたくはなかった。
もったいをつけているから、彼はここにいる。
所詮、渡場の愛は、真剣ではあるけれど長続きしない。
次から次へと渡り歩き、しかも過去の女は物以下の扱いだ。妻子をも簡単に捨て去って得た愛も、次の恋のためには、簡単に捨て去るのだろう。
あまりにも非情だ。
愛情の薄い男だと思う。
そんな渡場は嫌だ。愛情の軽い男は嫌いなのだ。
たまに家族サービスしろ! などと、とんでもないことを言ってしまう裏には、渡場にも人間らしい愛情を——少なくても子供くらいには——見せて欲しいという願望があった。
「麻衣を愛している」
と言われると、嘘でもうれしい。
本当に
「子供を愛しているから……」
などといわれたら、私は泣くかもしれない。
でも、
「子供なんて愛していない」
と言われると、もっと悲しい。
さらに
「子供なんて愛していない。麻衣だけを愛している」
と言葉が続くと、泣きたい以上の虚しさを感じるのだ。
渡場の、荒涼とした心の中を垣間見た気がして、たまらない。
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