本気・時々遊び・3


 皆が花火に夢中になっている頃を見計らって、私は駐車場に行ってみた。

 真っ暗で灯りのない道を歩くのは不安だったが、もうかなり目が暗さには慣れていた。

 渡場の車を探してみると、先ほど止めたと同じ状態でそこにあった。

 中からかすかな灯りがもれている。

 近寄ってみると、渡場は中で一人、ラジオを聴いていたらしい。

 私に気がつくと、彼は窓を開けた。

 怒っているようでも、ふてくされているようでもない。

 ほっとしたような、呆れたような……。

 私は何気なく普通に話しかけた。


「何しているの?」

「流星を聞いていた」


 渡場は即答してきた。

 流星を聞く?

 私が不思議そうな顔をすると、渡場は手招きした。


「乗りな」


 車に乗ってみると、ラジオからザーーーとノイズだけが流れていた。


「何? これ……?」

「し……」


 しばらくの沈黙。雑音だけがラジオから流れる。

 何だか気が重い。

 ここにくる途中の、二人だけで……という渡場の提案を、私は頭ごなしに蹴ってしまった。それは正しいと思うのだけど、この雑音は私を不安にさせる。

 渡場のなんでもない表情は、時に単なるポーカーフェイスで、内心は違うこともある。本当は怒っているのかもしれない。

 すると、突然——


「○×○△×……という、結果……○×……」


 ラジオの音が、一瞬クリーンになった。

 渡場は時間をメモに書きつけていた。


「いったい何?」

「精度は確かではないけれどね、流星が流れると、普段は聞こえない周波のラジオの音が、クリアに聞こえることがある。だから、それを数えれば流星が見れないとしても、流れたことがわかる」


 覗き込むと、渡場の手元のメモには、びっしりと時刻が記入されていたようだった。


「ふーん、そんな観測の仕方もあるんだ……」


 私は妙に感動してしまった。

 やはり、渡場は前向きだと思った。

 たとえ曇りであったとしても、自分にできることを見出してゆく。

 すぐに挫折感に屈するような男ではないから、さらに自信家になっていくのだろう。

 しかし、渡場が車に篭っていたのは、それだけの理由ではなかった。


「麻衣がいなかったら、俺はもうここにはいなかった」

「はぁ?」

「たとえ一人でも、晴れ間を探して移動していた。今回の大出現の可能性を考えたなら、あんなバカ騒ぎなんかしていられない」

「……バカで悪かったわね」

「本当に悪いよ、麻衣は」


 そう言われて、声がつまった。おちゃらける話ではなかったらしい。


「麻衣を一人置いて、どこにもいけるわけがない」

「でも、ちゃんと皆に言えばいいじゃない。帰りは杉さんだって、高井さんだって、送っていってくれるよ……」

「だから、置いていけないんじゃないか!」


 ラジオの音が、また一瞬クリアになったが、渡場は今度はメモを取らなかった。

 その代わり、私の手をつかんだ。


「麻衣がバカな踊りを踊っている時、杉浦も高井も増沢も、どんな顔で見ていたと思う?」

「……どんなって。普通」

「普通じゃない。麻衣は、どれだけ男が下心あるかなんて、わかっていない」


 私は手を振り払った。なんだか友人を汚いもののように言われて、腹がたった。


「下心あるのは、直哉のほうじゃない! 自分がそうだからって、どうして皆そうだと決め付けちゃうのよ!」

「麻衣が思っているほど、男は強くない」


 再び手を握られて、私は口ごもった。

 言い返そうと思ったら果てしなく言い返せるほど、渡場の意見には賛同できなかった。

 なのに、どうしても唇が震えて、何も言い返せなかった。

 何か言えばすべてが崩れてしまうような、何ともいえない不安。

 今まで男の人と一緒にいて、このような恐怖を感じたことは一度もなかった。


 その時、渡場越しに人影が動き、私は驚いた。

 私の視線と驚いた顔に気がついて、渡場は手を離した。

 そして、振り向いて窓を開けた。

 杉浦だった。おそらく、私がいないことに気がついて、探しに来たのだろう。


「あ、杉さん、なんかあった?」


 渡場は、平然として話しかけている。

 私のほうは、もしかしたら手を握られていたことを見られたか……と思って、動揺していた。

 しかし、杉浦は、私と渡場が一緒にいたことには驚いたらしいが、手までは見ていなかったらしい。


「何もないけれど、何しているのか気になるでしょう? 二人とも消えるんだから」


 ぶつぶつと不満そうにいう杉浦に、渡場は「観測」とだけ言って、笑ってみせた。



 そのあと、高井がすっかりその気になってラジオ観測を始めたくらいで、変わったことは起きなかった。

 渡場は自分の車の中で眠り、私は他の女の子達とテントで眠った。

 朝になると、渡場はいつものように理子のパンチを笑顔で受け止めるようになり、すっかり仲間の中心に収まっていた。

 皆で、増沢が作った変な燻製をパンに挟んで朝食にした。

 散々味を馬鹿にして、楽しかった。

 しかし、渡場がこのメンバーとともに星の観測に出かけることは、その後、二度となかった。

 

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