本気・時々遊び・2


 少し伸びてきた髪にウェーブをつけてみた。

 職場の人が皆、似合うとか、若返ったとか、柔らかい印象になったとか、ほめてくれた。

 実は、自分でもそう思う。

 鏡を見ると、自分に驚いてしまう。肌に張りが戻ってきて、瞳がキラキラしていて、何だか幸せそうなのだ。

 五歳は若くなったような気がする。

 時々、はっと見つめる人の視線を感じ、心地よくなる。

 すこしばかり強かった頃の自分に戻った気がした。

 でも、あの頃のように尖ってはいないと思う。あの頃よりは、成長した。

 かえって……今のほうがきれいかもしれない。



 十一月。獅子座流星群は、寒さをこらえてのキャンプを決行することになり、車で二時間ほど走ったキャンプ場が選ばれた。

 一日しか休みの取れなかった私は、仕事が終わってから合流することになった。

 同じく仕事で遅れるという渡場が、私を乗せていってくれる。

 しかし、これは渡場の嘘だった。

 彼にこの日仕事はなく、他の人たちとともに出発できたはずなのに、私のために仕事をでっち上げたのだ。

 今までのパターンから、車のない人は行きも帰りも同じ人の車に乗ることが多い。

 つまり、渡場の車で行ったら帰りもそうなる。

 いつもは家の近くということで、理子と美弥が渡場の車に乗ることが多かった。私は同じ理由で杉浦に乗せてもらっていた。

 このパターンを崩すために、渡場は一芝居打ったのだ。

 なんだかあからさま過ぎて、恥ずかしかった。

 この星のメンバーに、私と渡場の奇妙な付き合いを知られたくはなかったし、仲間を裏切っているような気がして、気が重かった。

 星を愛する……という純粋な思いに、恋愛ゲームのような二人の付き合いは、不適当で醜く思えたのだ。

 渡場が、結婚していない独身の男であったなら、そのようなうしろめたさはなかったかもしれない。


 この間のドライブと同じ道を、車はどんどんと北上してゆく。

 すでに七時ともなればあたりは真っ暗で、しかも街灯もほとんどない。車のライトだけが、この世界を照らし出しているかのようだった。

 札幌を出るときは晴れていた空が、だんだん怪しくなってきて、渡場は一度車を止めた。


「これ、まずい。北上すると、曇天間違いなしだな」


 私も車を降りて空を見上げた。

 ここまで来ると、札幌の街明かりもかなり減る。でも、きれいに星が見えているのは半分だけで、あとは闇が広がっている。

 その半分の星空に星が流れて、私は小さな声を上げた。

 渡場が、私を後ろから抱きしめて耳元でささやいた。


「麻衣、別なところに行こうか?」

「え? 何?」

「だから、二人だけで別なところで星を見よう」


 私は耳を疑ってしまった。


「だって……。皆、私達が来ると思って、夕飯作って待っていてくれているんだよ? そんなこと、できないよ」

「でも、このまま皆と合流したら、せっかくの獅子座流星群は観測できなくなってしまう」


 純粋に流れ星の話をしているのか、それとも恋の逃避行ごっこをしたいのか? いずれにしても賛同しかねる。


「それなら、皆と合流して、曇天だったら晴れ間を探して移動することを提案すればいいじゃない。約束を破るようなまねは、私、できない」

「別にそんなのかまわない」

「私はかまうの!」


 結局、私の不機嫌さに負けて、曇天の空に向かって車を走らせることになった。


 案の上、キャンプ場は曇天だった。

 しかし、すっかりテントも張ってある。焼肉のいいにおいが漂い、酒もすこしだけ入っているのだろう、誰もが陽気で楽しそうだった。

 私達が到着すると、皆、待ってましたとばかりに迎えてくれた。

 さっそく、防寒で着膨れした美弥が「寒いでしょう?」などと言って、ブランデー入りの紅茶を出してくれた。

 向こう側が騒がしいのは、増沢がスモークを焚いて燻製を作るとかで、悪戦苦闘しているかららしい。

 とても移動を提案できる状態ではなかった。


「これだけ曇ったら、もうぱーーーーー! と残念会だね、って皆で話していたところさ。この季節だから、キャンプ場貸切状態だしね」


 渡場の顔が少し曇ったが、いつの間にか走りよった理子のパンチに片えくぼを作っていた。


「もおぅ、直哉さん。遅いですぅー。事故ったのかと思っちゃいました」

「晴れ間がありそうなところを物色して走ってきたからね。ここが一番雲が厚そうだよ」

「いや、どこもだめだね。ラジオの天気予報では下り坂だってさ」


 杉浦はもうビールを飲んでいた。鼻のあたりがほんのりと赤い。


「私、花火もって来ましたから、あとでやりましょう!」


 美弥がうれしそうに提案して、皆がざわめきたった。



 宴会は宴会で、それは楽しいものになった。

 防寒のために、かなり度数の高い酒も用意されていたし、なんせ、あたりの迷惑を気にする必要がない。

 広いキャンプ場に、我々メンバーしかいないのだから。


「では! 白井麻衣、晴れごいをして踊りまーーーす!」


 バカバカしい一瞬芸などがどんどん披露され、回りまわってやっていた私の番。杉浦がくれた漁業ライト付きの団扇を振って、私はおどけた。

 東京で流行りらしいディスコのまねっこだ。

 これはけっこううけたらしく、あたりは手拍子、杉浦は漁業ライトの人工流星雨を何度も連発する。

 もちろん、晴れるはずはなかった。

 それどころか、雨が一瞬落ちてきて、いったんテントに避難する始末。


「白井ちゃんの踊り、雨乞いだったの?」


 などと、高井に笑われる羽目になった。

 すぐに雨は止んで、今度は花火をすることになった。


 その時になって、私は渡場がいつの間にか消えていることに気がついた。

 いつもは宴会の中心にいる彼が、理子のパンチにも、美弥との話にも乗らなかったらしい。

 さすがに疑われるのは嫌で、意識的に渡場を避けていたのだが、知らないうちにいなくなられると、不安で気持ちが落ち着かない。


「そういえば、駐車場のほうに歩いていったですぅ」

「なんか……流星が気になるって言っていたから、どこか一人で行ったのかも? ほら、直哉さんってそういうところ、あるでしょ?」


 美弥が、マイペース人間なんだから……と、不服そうにつぶやいた。

 渡場が流星観測に熱心なことは知っている。

 たとえ、一緒に場所を移動して流星を見ようと言ったところで、この状況では私が抜けづらいとでも思ったのだろう。

 でも、何も言わないで行ってしまうのは、少しショックだった。


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