遊び・時々本気

遊び・時々本気・1


 渡場とのデートから一週間。

 浮ついた気持ちなんて、だんだん気持ちが落ち着いてくるだろうと思っていた。

 なのに自分の予想に反して、渡場に会いたい……という想いが日ごとに膨らんでくる。


 ぼんやりとすることが多いかもしれない。

 別にそれは、叶わせてしまうとまずい恋のためなどではなく、色付き始める街路樹のせいとか、一雨ごとに寒くなるせいとか、つまるところ、秋という季節が呼び寄せるセンチメンタルな気分というヤツだ。


 時々ため息をついてしまう。


 ため息で落ちる落ち葉ではあるまいが、ガサガサと音を立てて散るプラタナスの大きな葉に、我が身を重ねてうんざりである。

 祥子曰く、今の私は『フェロモンあたりにばら撒き中』で、男難の相が出ているらしい。

 そうならないように、こうして理性を保とうとして、日々ため息をついているのになぁ……と、またため息をつく。




 エレベーターに乗ると、ダンボールを満載した台車が見えた。『開』ボタンを押して待つ。

 相手はダンボールの影からお礼をいう。その声を聞いて、一瞬焦る。

 工藤だ。向こうも私と気がついて少し動揺したようだ。

 デパートの古い建物で、荷物用のエレベーターは遅い。

 まったくの密室に二人っきりになってしまった。

 気まずい空気が重たすぎる。


「あ、麻衣。あの……」


 工藤は私を『白井』とは呼ばなかった。私はエレベーターのボタンを押しまくった。

 工藤の言葉を引きちぎるように、エレベーターのドアが開く。誰もいない。

 私はさっさと『閉』を押す。


「麻衣、俺は……」


 私はにこりともせず、ただ、エレベーターのボタンを睨んでいた。

 再び扉が開く。今度は女の子が何人かいたが、荷物が一杯なのであきらめて乗らなかった。


「悪かったと思っている……。でも」


 再びドアが開く。工藤はびくついて話をやめる。

 扉が閉まってエレベーターが動き出すと、ほっとしたように話をしようとするが、またすぐに止まるのだ。


「俺はまだ……」

「一階に着きましたけれど」


『開』ボタンを押し続けて冷たく言うと、工藤は少し口をパクパクと動かして、あぁ、と言った。

 重たそうな台車が、エレベーターから出て行った。

 不愉快だった。



 渡場からは電話はこない。

 もちろん、私もかけない。


 ばかばかしいけれど、手帳に今日も×印を打った。

 花丸が、あの日曜日についている。

 あぁ……明日は、十一月の獅子座流星群の打ち合わせがある。

 渡場が参加するなら、私は行きたくはないなぁ……と、心と反対のことを唱えてみる。

 ぼんやり見ているテレビはつまらないドラマだ。

 最近流行っているのだけれど、今一好きになれない。不倫の末の心中なんて、やはり気持ちがよくない。

 やっと下火になってきた不倫ブームは、『本気』というスパイスを効かせて再び流行の兆しだ。


「本気でも遊びでも違いはない」


 渡場はそういったが、本気じゃない恋はやはり邪道じゃどうだ。

 結婚に結びつかない、しかも誰かを不幸にする恋を、遊び心でしちゃいけない。さらにいえば、本気になるなんて最悪だ。

 チャンネルを変えて、ニュースを見る。

 三角関係のもつれから、殺人に及んだ愛人のニュースを見て、今度はテレビのスイッチを切った。



 参加するかどうか悩んでいた打ち合わせに、杉浦が迎えに来たものだから、私は出かけることとなった。

 調子が悪いみたいで……の、明らかに嘘の一言に、二人で盛り上がった案を提案するのに賛同者がいないと困ると、杉浦はふてくされたのだ。


 私は先日の飲み代を杉浦に渡そうとした。


「ああ、いいよ。あれは俺、おごるっていったのに」

「うん、ビールはね」


 杉浦は、封筒を受け取ろうとしない。


「困るよ。もういくらか忘れたから」


 私も覚えてはいない。適当に、あの店ならこのくらいだろうと思って包んだのだ。

 封筒が行ったりきたりしているうちに、他のメンバーが現れた。

 奇妙なやり取りをやめたかったのだろう。最終的に杉浦は「今度ね」と言って封筒を押し返してきた。


 渡場の顔を見たくはなかった。憂鬱だった。

 ところが、渡場は現れなかった。


「なんか、東京に出張らしいですぅ」


 ニコニコしながら、理子が言った。

 ほっとしたような、とにかく力が抜けていった。

 顔に出したつもりはなかった。が、杉浦の目が眼鏡の奥でちらりと私を見た。


「白井さん、なんかがっかりした?」

「え? あぁ、渡場さんは流星に詳しいからね。何かアイデアを持っているかと思っていたから……」


 それらしい意見に、誰もがうなずいた。

 でも、美弥が、あぁそれだったら、と、口を開いた。


「直哉さんは、全部任せるって言っていたわよ。皆で決めてって」

「え? あ、そう……」


 私は狐に包まれたようだった。


「遠出するなら、車出すって言っていましたですぅ」


 理子が付け足した。

 私が聞きたくて聞けないことを、代わりに高井が聞いてくれた。


「え? いつ、直哉さんに会ったの? メールで返事待ちだったのに」


「一昨日、三人でカラオケ行ったとき」


 美弥が、いとも簡単に答えた。

 杉浦が笑った。


「さすが、もてもてだね。高井さんのメールは、きっと読まれていないぞ」

「いやだぁ、私達、そんな付き合いじゃありません。単なるカラオケ仲間ですよ」


 美弥がぱしっと杉浦を叩く。彼女にしては珍しいリアクションだった。

 理子のほうはというと、逆にいつもの「いやぁだぁ!」が出ない。思えば、理子がいつも叩いている男は、渡場だけなのだ。


「はぁ、僕も誘って欲しかったかも……」


 高井が虚しくため息をつく。


「高井さん、女装すればきっと誘ってくれますよ」


 増沢のジョークに、皆が笑った。私も笑った。

 一応……笑った。


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