賭け事

賭け事・1


「ハワイで結婚式とか素敵だけど、向こうは仕事を続けたほうがいいっていうのよね。それなら上司とか式に呼ばないとならないでしょ? そうなったら、二百人は入るところじゃないとダメだし……。え? 気が早いって? だって、今から考えておかないと式場なんてすぐ埋まっちゃうもの」


 このところ、毎晩の玲子の電話攻撃にまいっている。

 お見合いの相手が素敵だったということで、彼女はおしゃべりしたくてたまらないのだろうが、一方的なおのろけは聞いていて楽しくないし疲れてくる。

 それでなくたって、今日は買う気が無くて話ばかりが長いオバサンに捕まって、二時間も話を聞かされたのだ。もううんざり。

 隣の装身具売場の子が、わざとお客を装って電話をくれ、やっとお昼に抜け出せたのは、三時半。

 走り込んだが食堂は閉店。ついていなかった。

 そして、家に帰ってきてからもこの電話。茹で上げたスパゲッティーがうどんと化している。


 人がいいというのか、タイミングが計れないというか、私はだらだら相手のペースにハマってしまい、流されて話に付き合うはめになりやすい。

 何度も話を絞めようとしたが、玲子の口は納まらない。


「うん、じゃあね、長くてごめんね。でもね……」


 と、繋がってしまうのだ。


「うん、それじゃあ……私、これからご飯なのよ」


「あ、ごめんね。長かったわね。じゃあ、今度……あ、そうそう食事といえばね、先日彼にね、ディナーに素敵なところをね……」


 勘弁してほしい。



 電話を切ったらもう十一時だ。

 夜があまりにも静かになってしまい、私は見もしないテレビをつける。

 スパゲッティにレトルトのソースをかけ、面倒くさいからラップも適当に、そのままレンジに突っ込んだ。

 そして、あと一時間もしたら、顔を洗って寝て、翌朝、また仕事にいく。

 工藤と別れてから、こんな虚しい日々が続いている。

 嫌がらせの電話も、飲んだくれた生活も止めた。はためには立ち直ったというのだろう。


 でも——どこが立ち直ったのだろう?

 私は孤独で虚しいままだ。


 二度と恋なんかしない。

 こんなに傷つくのは嫌だ……。


 そう泣きつづけて、どうにか気持ちが収まったあとには、何も残らなかった。

 スパゲッティは、ラップからはみだした部分が半透明になっている。がりっと噛んだら、歯が痛かった。ソースの半分はなまぬるい。


 こんな日々が、人生の終わりの日まで続くとしたら……?


 テレビの中のお笑いタレントが、くだらないジョークで笑っている。

 自分が笑われたような気になって、私は思わずテレビを消した。


 昔はもっと強い女だったはすだ。

 なのに、いつの間にこんなに弱くなったのだろう?


 人生には、もっと大切に、有意義に使わなくちゃいけない時間がある。

 おちおちしていたら、どんどん歳をとっていってしまう。

 もう若くはないのだ。

 頑張って相手を見つけた玲子は偉い。

 でも、その話を何の意味も無く聞いて流す私はバカだ。

 工藤みたいな男に惚れたりして、無駄な時間を費やした。それもバカだ。

 玲子みたいにちゃんとした相手を見つけて、ちゃんとした結婚をしなければならない。

 なのに、今、さみしいと思う気持ちに弱いし、優しい言葉に餓えている。

 しっかりしなきゃ……と思うけれど、つい、流されてしまいそうになる。

 正直、玲子がうらやましい。

 いや、たぶんこんな夜にもマイペースな祥子がうらやましいのかもしれない。


「何? 玲子に付き合ってやっているの? 私なんか、金ドコ見ているからダメ! っていって切ったわよ。そんな電話」


 そう、だらだらと切れないのだ。

 私という女は……。

 だから、なぜか渡場と競馬にいくことになってしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る