赤い糸・4


 昔、「赤い糸の伝説」という歌が流行った。

 誰もが運命の人と、赤い糸で繋がっている……などということを、恥ずかしげもなくいったものだ。

 でも、私は知った。

 そんな糸などはない。

 いつまで待っても王子様は迎えにこない。



「私、お見合いするの」


 久しぶりに会った玲子れいこは、ニコニコしている。


「なによぉ、変な男かもしれないのに、会ってもいないうちにニマニマしないでよ」


 胡散うさん臭そうに祥子がいった。


 高校時代のクラスメート同士、何がきっかけか忘れたが、たまたま三人集まって飲み交わしている。

 ちょっとしゃれたカクテルバーは、玲子の趣味だ。

 間接照明を使った店内はややセピア色に見え、生のピアノ演奏がジャズを奏でている。

 騒げない雰囲気だ。

 よほど一人が好きな人か、恋人同士が入りそうなところで、女三人は珍しいかもしれない。

 私と祥子なら、アルバイトが入れたチュウハイやチュウライムが似合っている。のんべの私には、一杯千円以上のカクテルは、量も値段も許しがたい。

 玲子は慣れたもので、私なら一口で飲み干しそうなグラスに口をつけた。中の青い酒はまったく減っていない。


 結婚できない三人の中で、一番結婚願望が強いのは、この玲子だった。

 大学まで出て、それなりの企業に就職し、それなりのキャリアをつんでいる。我々から見たら、かっこいい生き方と言えるかもしれない。わがデパートでも、ブランド・ショップの顧客名簿に名前を連ねている口だ。

 それでも彼女に言わせれば、肩たたきされて居心地が悪いのだそうだ。

 本当は、キャリアも贅沢な生活も要らない、専業主婦になりたいのだと、彼女は言うのだ。もったいなすぎる。


「だって……こんなにおばあちゃんになって……」


 トラッドなスーツに身を包み、茶系を好む彼女は、確かに年齢相応……いや、それ以上に老けて見える。

 型にはまっていないことを、玲子は奇妙なくらいに嫌う。三十歳にもなって結婚しないことを、恥ずかしいと思っているらしい。


「あなたたちはまだ二十九歳だからいいわよ。私はもう、三十歳になっちゃったのよ。ああ、こんな年齢になって、お嫁にいけないなんて、恥ずかしいわ」


「……あのね、私も来月三十歳なんだけれどねぇ……」


 祥子は、あきれ果ててぽろりともらすが、悲劇のヒロインになっている玲子には聞こえない。


 悲しいかな、高校時代は親友でも、歳を重ねて環境が変われば、考え方もおのずと変わる。

 二人の主義主張は、端から見ていると奇妙なくらいに噛み合わない。

 祥子は、結婚ごときで今の生活を犠牲にしたくはない……というタイプなのだ。


「それで? あのピンクのドレスはお見合いのために買ったの?」


 情報通の祥子にあっては、顧客のプライバシーもへったくれもない。

 しかし玲子は、祥子の言葉を気にもしていない。


「ふふふ……。コンタクトも新調しちゃった!」


 先日お見合いで嫌な思いをした私としては「ああ、それは良かったねぇ」とは言えない。


 玲子、いいのか?

 そんなにはしゃいでいて……。


 つい、祥子の口調を真似たくなる。 

 


 ところが……。


 私のおかしな期待に反して、玲子の見合い相手はいい男だったらしい。

 お見合いの後、弾んだ声で報告をする玲子に、ほっとすること半分、おいていかれたような気分半分だった。

 必ずしも、お見合いはマザコン男を連れてくるわけではない。


「とっても素敵な人だったの! やさしくてね、気がきいてね、親切でね……」


 なんだか複雑。

 そんないい男がいるなんて、私には信じられない。これを人はひがみと言うのかもしれない。


「あ……そ……。結婚式には呼んでね」


 一方的に聞き役に回され、うんざりしながら電話を切った。

 受話器を持っていた手がだるい。いったい何時間、のろけを聞かされたのだろう?

 間違いなく途中寝ていた。

 うん、うん……だけの生返事だけだったが、幸せ絶頂の彼女は気がつかない。

 とはいえ、話がつまらなかっただけで 悪気があったわけではないのだ。

 他人の幸せほど、つまらない話はないのかもしれない。

 どこかに、玲子が泣きついてくるのを期待していた嫌な私がいる。


「ふう……」


 友達甲斐のない自分の態度に、あまりにも情けない自分の本心に、思わずため息が出てしまった。

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