赤い糸・3


 渡場が杉浦と売場に現われたのは、そのようなバカバカしいお見合いから、一週間後のことだった。


 杉浦は時々売場に現われては、やれ友人の結婚式だの、贈り物だの、何だのと、買い物をして帰ることもあったのだが、渡場が顔を見せたのは初めてのことである。

 売場の商品を興味深げにみては、一番高いジャケットに手を伸ばしたところの渡場に、私は声も途中で途切れてしまった。

 その横で、なにやら杉浦がもごもご話している。

 どう考えてもサイズが大きいはずなのに、渡場は肩幅や胸が見かけ以上にあるらしく、意外にもそれなりに似合っている。ウエスト回りだけがゆるいだけだ。

 私の顔を見て、場渡はにこりとした。白い歯がこぼれる。


「やぁ、元気?」


 などと気軽に声をかけて、二人はすぐに帰っていった。いったい何をしに来たのやら?

 売場の同僚が騒いでいる。


「ちょっとぉ。今の人、カッコいくない? いいねぇ、彼氏?」


 それはもちろん、渡場のことだった。

 気の毒に、杉浦に関しては誰も何も言わないのだ。



 星の会が終わり、仲間は解散。

 私たちはもう会うこともないのかと思っていた。

 渡場は、理子や美弥といった若い女の子とは仲がよかったようだが、私とはそこそこ話をする程度だったし、私も例の一件もあってほどほどに距離を置いていた。

 だから、まさか渡場が売場に現われるとは思わなかった。

 それでも、何かのついでに立ち寄ったとしても、少しうれしかったことには間違いなかった。

 いや、かなりうれしかったのかもしれない。


「なによ、今日はずいぶん楽しそうじゃない」


 からかう同僚に、違うよなどといいつつも、顔がかなり緩んでいたらしい。


 顔がいいだけの、軽いノリの男は嫌い。

 ちょっと不器用でも、誠実な人がいい。


 そう思ってきたくせに、渡場のような男に声をかけられると、ぼっとしてしまう自分にあきれてしまう。



 渡場は、傲慢で人間的にどこか欠落した部分がある。


 例の一件以来、私の渡場に対する評価は地に落ちた。

 ルックスも申し分なく、何でもできて、いい大学を出て、社会的にも立派な職業。人生に挫折を知らない。

 知らないがゆえに、挫折ばかりの人生を味わっている者の気持ちなんて、きっとわかりっこないのだ。


 それに比べて、一生懸命私のことを気にしてくれる杉浦は、そこそこいい人なんだろうと感じている。

 なのに、まったく惹かれない。

 何か話すたびに、ぽっと赤面する彼の純情さを見せつけられると、少し悪いことをしているような気にすらなる。


 心のありようというものは、本当に自分の思うようにはならないものだ。

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