赤い糸

赤い糸・1


 夏も終わりに近づいた頃、お見合いをした。


 恋なんてうんざりだ。

一生一人でもいいじゃない。

 などと気負ってはみたものの、親の勧めに乗り気ではないが乗ってみる。


 そういえば……前の失恋の時も、その前の失恋の時も、なぜか自暴自棄な気持ちでお見合いしている。

 もしかしたら、どこかの恋愛小説のように運命の赤い糸で結ばれた人との出会いになるかも知れない。そんな都合のよいことを、心の片隅で思っている。

 三十歳近くなっていて、いまだに赤い糸だなんて馬鹿みたい。夢見る少女の時代なんて、とっくのとうに過ぎ去っている。

 ピンと張ったら、糸なんてすぐに切れる。


 デパート勤めはさほど肩叩きがあるわけでもない。

むしろ、顧客をたくさん持っているベテラン販売員は重宝されるのだ。しかし、勤務時間は夜間にも及ぶので、主婦ならば家族の理解が必要だ。

おそらく、未婚・離婚率の高い職業のひとつだろう。私の周りには、離婚歴のある人がいっぱいいる。結婚なんかしなくても、生きていける人はたくさんいる。

 しかし、残念ながら私はそれほど頑張り屋さんではない。顧客らしい顧客も持っていない。


 結婚だって……本当はしたくてたまらない。

 誰かにそばにいてほしい。


 星を見上げれば思うのだ。

 幾千光年彼方まで、私は一人だ。

 底なしの闇に、たどり着く想いなどない。

 さびしいと叫んだところで、木霊すら戻らない。闇の果てに消えてゆくだけだ。


 一人とはそういうことだ。

 一人ぽっちで生きてなんかいけない。



 親から送られた見合い相手の写真は、眼鏡をかけていて優しそうな感じの人だ。かなりの長身らしい。

 履歴書に、K大卒と書いてある。そして三十三歳、あぁ、渡場と一緒だな……と、思った。

 公務員。親が好きそうな職業だ。

 初めの就職先は大手の銀行で東京勤務。しかし二年で退職し、こちらに戻ってきている。その半年後、父親を亡くしている。

 年老いた母のため、エリート社員を辞めて帰郷したのに違いないと、父が言う。


「家族思いのいい青年そうじゃないか」


 父は大変気に入ったようだ。

 こんな私と見合いしようだなんて、物好きかも知れない。それとも知らないのかも知れない。私のお腹に大きな傷があることを。

 写真の微笑みは、すべてを許す……とでもいいたげに、慈愛に満ちている。

 まだまだ若くてかわいい人とでも、お見合いできそうな感じなのに……。

 私は相手を気の毒に思った。

 こんな傷物女を押しつけられるなんて。


「年齢的にもつりあうでしょう? 他にも話があったのだけど、四十過ぎの再婚話ばっかりで」


 紹介してくれたおばさんは、とても苦労したのよとでもいいたげに、私と両親に微笑んだ。


「本当に、困った娘でして……」


 ぐさりと胸に棘が刺さった。

 父が頭を下げた時、私はこの話を受けたことを後悔した。

 娘が嫁にいけないことが、そんなに困ったことなのか?

 唇を噛んだら軽い動悸がした。


 

 乗り気でないままあらわれた私に、父は思いっきり嫌な顔をした。

 目の下はくまだらけ、お肌はボロボロ、あきらかに寝不足の赤い目だった。

 この話を断られたら、もうお見合いの話はないかもしれない。娘の幸せはこないかもしれない。

 それなのに、この娘は何を考えているのだろう? 苛々のはけ口を、父は母に当り散らす。


「どうして新しい服を買ってあげなかったんだ? まったく普段着じゃないか!」


 当惑している母に父の言葉がガミガミと続き、私はますますうんざりになった。

 三十路にあとわずか、間違いなく大人である私に、まるで幼稚園児のような扱いだ。

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