流れ星・2
渡場は、OHPの前で流星の説明をしていた。
「えーーっと」
話の前に、「えーーっと」をいれるのが場渡のくせらしい。
しかし、話がうまい。
渡場の本職は、S大学工学部講師だった。
他の大学にも臨時講師として席を置く渡場は、人前で話をするなんてお手のものらしい。
あっという間に人の心をつかんでいた。
太陽系のはるか遠くに、彗星たちがまどろんでいる。
彗星は、時折太陽に引かれてイカロスのように落下し、太陽の回りを楕円軌道で回り始める。
彗星は「汚れた雪だるま」にもたとえられ、太陽に近づくと溶け出して、チリを激しく噴出する。
これが、彗星の尾だ。
流れ星は、彗星から噴出されたチリが、地球の大気にぶつかって発光したものだ。
渡場は現実的に話し、私はロマンチックにこの話を聞いていた。
「えーー、彗星から吐き出されたチリは、帯状になって太陽の回りを回っています。地球は一年掛けて太陽の回りを回りますから、毎年決まった時期に、この彗星のチリの帯とぶつかることになります」
「あの、それで地球は大丈夫なんでしょうか?」
一般の人から質問が飛ぶ。
「薄い雲に突っ込むようなものですから、心配はありません。かつてハレー彗星と地球が大接近した時に、酸素がなくなると大騒ぎになったことがあるそうです。みんな洗面器に顔をつけて、呼吸を止める練習をしたり、風船を買い占めたりしたそうです。過ぎてみれば笑い話ですね」
渡場は、にっこりと笑った。
彼の笑顔は、人を大船に乗った気持ちにさせる。
この人に頼っていれば、すべては丸く収まるのだと……。
しかし、どこかに「無知はバカな目を見ることになりますよ」とでも言いたげに見えたのは、私だけだろうか?
八月、地球はスイフト・タットル彗星がばら撒いたチリに突入する。
この流星群はペルセウス座あたりから流れるので、ペルセウス座流星群と呼ばれている。
流れる流星の数もさることながら、明るさやスピード、また流れた後に「痕」と呼ばれる残像にも似た筋を残すことが多く、流星群の中でも派手なことで知られている。
ペルセウスといえば……。
お化け鯨に食べられそうになったアンドロメダを助けようとするギリシャ神話の英雄だ。
私には、英雄どころか……あんたを食ってやると言うお化け鯨さえもいない。
ちなみに渡場は、神話はまったく知らないらしい。
神話のエピソードなどひとつもはさむこともなく、理系人らしい説明を重ねた。
外に出ると、何台かの望遠鏡が設定されていて、杉浦や増沢が子供たちに天体を見せていた。
小学生らしい男の子が、不安げに杉浦に質問した。
「やっぱり望遠鏡がないと、流れ星は見えないの?」
流れ星を見るには、望遠鏡は不要だ。
視界の狭い望遠鏡よりも、肉眼というすぐれた観望グッズを、みんな生まれながらに持っている。
しかし、都会の夜のない街に住んでいる子供には、わかるはずもない。
「いや、そんなことは……」
ないよと言おうとして、質問した子供に杉浦が目を向けた瞬間、どよめきが起こった。
かなり明るい流れ星が、痕を残して流れたらしい。
杉浦と私は見事にみそこねた。
「ちぇっ! 僕はどうしていつもこうなのかなぁ」
どうも自分だけあたりが悪い。
いつも……というところに、杉浦は力を込めた。
杉浦にしてみれば、損な役回りはすべて自分に振りかかるという気持ちがあるようだ。
でもその流星、私もみそこねたのだが……。
さて、ある程度説明も終わった。
この後は、各自自由に流れ星を見ましょうと、星野美弥がしきった。
「それじゃあ、俺、いかなきゃならないから……」
突然の渡場の言葉に、みんな不思議そうな顔をした。
「えーーー? 直哉さん、流れ星は見ないんですかぁ?」
すっとぼけた声で、桜田理子が聞いた。
「……だって、ここは街中過ぎて明るすぎるでしょ? 極大までに時間はあるから、俺は移動するよ」
そういうもんなのですかぁ……?
つい、私まで理子の話し方になって、聞きたくなってしまった。
お客さん参加の私よりも、星野美弥や桜田理子のほうが、びっくりしたに違いない。
これからみる流れ星は、このイベントの打ち上げ的な意味合いもあったのだから……。
渡場は車のドアを一度開けたが、また戻ってきた。
「高井、データは後でメールで送ってくれ。そこのところ、よろしく」
「なんか、変な人だよね……」
星野美弥が顔をしかめた。
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