流れ星

流れ星・1


 杉浦の誘いを断って、私はスクーターで出かけた。

「流れ星を見よう」の会場は、私の家の裏手すぐで、スクーターで二十分くらいのところだった。

 杉浦の家からなら、遠回りになる。


「危ないよ、夜だよ? そんなの遠回りにならないから」


 しつこいくらいの杉浦だったが、私は遠慮した。

 実は二日酔いだった。車で移動したら、吐きそうな体調だった。



 あの日から、ほぼ毎日飲みつづけている。

 すすきのをあちらこちらとハシゴして、知らない男の人とも意気投合して、騒いだりもした。

 その知らないおじさんが支払ってくれたりして、あまり懐は痛まなかった。

 私か危ない目にあわずにすんだのは、やれやれといいながら付き合ってくれた友人のおかげかも知れない。

 同期の勝田祥子かつたしょうこは、サバサバとした面倒見のいい女だった。

 実は高校時代からの友人で、私といえば、安易に彼女と同じ職場を選んだだけだった。特にこの仕事がしたいとか、考えていたわけではない。


「もう、いい加減にしなよ。さすがの私も、あんたのおもりは疲れるよ」


 タクシーを降りて、吐気をもよおした私の背中をさすりながら、祥子はため息をついた。

 祥子に、工藤の愚痴を言えればよかった。

 でも、同じ職場の祥子には、口が裂けても語れない。

 うんと親友でも言えないのだ。

 バカだった。祥子と違うところに就職していれば、彼女がうんざりするほど愚痴も言えてよかったのかもしれない。


「あんた、絶対おかしい! もう酒はだめ! もう私は付き合わないからね!」


 誰もがあきれてしまって、付き合ってもらえなくなったので、昨日は独りで家で飲んだ。

 独りでも充分、二日酔いになるほどに……。



 本当にどうしようもないくらいすさんでいた。

 たぶん、この流れ星のイベントに参加しなかったら、どこまで落ち込んでいたかわからない。

 大いなる太陽が沈んで、夕闇にひとつまたひとつ星が浮かんでくるように、私は星仲間に慰められていくような気がしていた。

 まさか、この星のご利益でトンでもないブラックホールに遭遇することになろうとは、この時は思いもよらなかったが……。


 

「流れ星を見よう」は、だいたいこんなイベントだ。

 主催は、青少年育成援助会なんとかというところで、市民の天文に関する興味を掘り起こそうとするものらしい。

 といっても、そこからは援助金が出るくらいで、実際は一人の熱血職員ががんばっているらしい。

 公園内の会館で、三十分くらい流星とはなんだ? という説明をする。

 その後、天体望遠鏡などで天体観測をしたり、みなさんで流れ星を見ていただく。

 公募で集まった我々は、会場設営や受け付けなどのほか、流星の説明などをするボランティアだった。


 もちろん、私は星など見たことがなかった。そして、その他の女性も同じだった。

 でも、彼女たちは自分のできることを一生懸命こなしていた。


「あ、白井さんだぁ……もう、大丈夫なんですかぁ?」


 間の抜けたような話し方をする女性が、私の胸にバッジをつけた。


「エ? 何?」


「エヘヘ。これは流星君バッジでぇーす。私が作ったの。スタッフと一般の人が見分けられるようにって」


 バッジの図案は、すっとぼけたようなかわいらしい絵だった。

 しかし、なぜかこのバッジは光っていた。


「フフフ。実はね、杉さんがねぇ、光らせてくれたんだよ」


 杉浦がこのバッジを気に入って、漁業ライトをたくさん買いこみ、張りつけたのだという。

 この女性・桜田理子さくらだりこは、目鼻立ちが整った美人タイプなのだが、どこか人懐っこくてかわいいところがある。

 彼女は二十二歳。

 気がつけば、私はこの集まりの中で、女性としては二番目の年長者だった。


 受付……といっても、難しいことではなかった。

 一般参加者に、名前と住所を書いてももらい、何かの天文現象があったら連絡します……程度のことで、お金も何も絡んでいない。

 星野美弥ほしのみやは、キビキビとこういうことこなす快活な女性で、一緒に受付をした。

 美弥は、この集まりのリーダー的存在だった。

 私のお見舞いにいこうと言い出したのも、彼女だった。

 化粧っけのない素顔が、二十五歳という彼女を、もっと若く見せていた。

 高校生……といっても通じそうだった。

 向こうから二人連れが歩いて来る。

 桜田理子に思いきりパンチを受けながら、渡場直哉が現われた。

 この二人、結構仲がいいらしい。

 時折、渡場は「いやーーだぁ……」という言葉と共に、理子に叩かれていた。


「あれ? 白井さん? お久しぶり。え? 入院していたの? 全然知らなかった……」


 渡場は、私のことなどまったく興味も関心もなかったらしい。

 この程度の付き合いなら、ふつうはそういうものだろう。


「いやーだぁ。みんなでお見舞いいこうって、誘ったじゃない!」


 桜田パンチが、渡場を直撃した。

 渡場はニコニコしながら、パンチを受けるだけ受けながした。

 そして、タバコを出すとジッポで火をつけた。


「ちょっとぉ、渡場さん、ここは灰皿は用意してませんよ」


 星野美弥が、冷たい声で言う。

 煙たそうな顔をして、渡場は煙を吐き出した。


「最近は喫煙者を差別する人が多くて、困るよな。喫煙者イコール悪じゃないだろう? 俺はマナーの問題だと思うけれど」


 と言いながらも、渡場は靴の裏で火を消すと、ポケットから携帯灰皿を出して吸殻をしまった。

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