子宮で育つもの・3
工藤が愛する人とケーキ入刀している頃、私のお腹にメスが入った。
何たる偶然か、工藤が人生で最高の瞬間を味わっている時に、私は切りさかれていたのだ。
私の手術は四時間半にもおよび、大量出血のため、かなり気分が悪かった。
黒い鉄分を何本も注射された。
友人らしき人が来ていたようだが、遠慮して帰ったらしい。
私は夢に埋もれていた。
でも、嫌な夢じゃない。
精神的に苦しい時より、肉体が苦しい時のほうが、楽しい夢を見られるようだ。
傷口の痛みが気持ちいい。
少しづつ、回復していくのがわかるから。
なぜか希望に満ち溢れてくる。
もしかしたら、私のどこかで麻薬が作られているのかもしれない。
生命の危険を感じて、自分の中で快楽物質を放出しているのかもしれない。
これは、生きる希望を生み出すためか?
それとも、死の恐怖を乗り越えるためか?
身体の傷は、心の傷を癒すほどの、苦痛を越えた快感を生み出す。
これは、きっと私がマゾとかそんなことではない。
本当は生きていたいと思っているからだろう。
いずれにしても、入院中、私は妙にハイになり、工藤のことを考えずにすんだ。
多くの人がお見舞いに来てくれた。
その中で、まだ数回しかあっていない杉浦が来てくれたのは、意外だった。
たしかに「星の会」の女の子達が集団で見舞いには来てくれたが、男である杉さんが、たった一人で婦人科病棟に見舞いに来るのは勇気がいただろう。
「だいぶ元気だね。流れ星を見る会には間に合うの?」
「もちろん。ただ、準備とか手伝えそうにないから、まったくのお客さんになっちゃいそうだけれど」
「……そんなの、かまわないよ」
どうやら、手術後に見舞いにきた人は杉浦らしかった。
あとで、母が教えてくれた。
「いい人ねぇ……え? 独身なの? あの人……」
「そうだよ、私と同い年って信じられる?」
母は目を丸くしたが、その後軽くうなずいて言った。
「麻衣、ああいう人いいよ。きっと……」
「嫌だ、よしてよ……好みじゃないもん」
私の脳裏に、一瞬、渡場の顔が浮かんだ。
彼は私の好みだった。
が、お見舞いには来ない。
間違いなく彼はモテる男だろう。そういう男には、あまり信頼が置けない。
たくさん遊んでいそうだった。
誠実な人のほうがいい。
と思って、私はおかしくなった。
誠実そうな人ばかり好きになったつもりだった。
なのに、どいつもこいつも誠実じゃなかった。
「好みとか、好みじゃないとか、いっている場合? 先生も言っていたでしょ? かなり切ったんだから、三十五歳までに子供を産まないと、その後は保証できないって……」
「子供を生み育てることだけが、女の人生じゃないでしょ?」
何かというと、すぐ結婚だ、子供だ、という母親に、私はうんざりした。
それに……。
子宮はとりあえず助かったが、私はかなりの傷物だった。
三十年前、同じ手術をした母のお腹には、今も顔を覆いたくなるような傷がある。
私も、母と同じケロイド体質なのではないだろうか?
こんな傷は……誰にも見せられない。
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