子宮で育つもの
子宮で育つもの・1
売場で倒れるのも、三度目となった。
私は急激に痩せ、寝不足もあって、体調不良が著しかった。
しかし、原因は他にもあった。
「白井さん、これがあなたの子宮です」
MRIで撮った写真は、あまりに鮮明だった。
輪切りになった私の体の中に、真っ白なモノが写っている。
「いいえ、それはあなたの子宮壁にある筋腫です。あなたの子宮は……この部分です」
白い物体に押しつぶされるようにして、黒い弓形の線が見える。
私は思わずくらくらした。
「前の検査の時は、アヒルのタマゴくらいでしたが、これはマーブルオレンジくらいですね。あなたはまだ若いし、子供を産むことを考えると、薬で押さえるのも限界があります。これ以上、大きくなる前に手術して取ったほうがいいでしょう」
ひどく頭が痛む。
ホルモン剤は私をずいぶん苦しめた。
生理の度に寝込む私は、無くなれば楽になる……と安易に考えていたのだが、甘かった。
生理の苦しみの替わりに、恐ろしいほどの鬱が襲ってきた。
薬は規則正しく、時間毎に鼻から噴射器で入れる。
時間を間違えると、たちまち女性ホルモンが分泌されてしまうのだ。
仕事中でも、時間は守らなければならず、売り場を離れてストックにこもり、私は薬を「やる」。
鼻の粘膜に薬がしみこむ時に、一瞬、ぼーっと気が遠くなる。
何か苦いものが、顔全体にしみてくる。
私は何度も辛くなって婦人科外来で泣き、鬱で苦しいことを訴え、しばし薬を中断させてもらった。
この薬はとてもよく効いた。
ただし、止めて一ヶ月もすると、しぼんでいた筋腫は元気を取り戻し、成長を続ける。
私の分泌する女性ホルモンが、筋腫を成長させるもとなのだ。
女である限り、私は筋腫を育て続ける。
女性で無くなるその日まで、この薬と付き合っていくのか?
それとも子宮で育ち続ける筋腫とおさらばするのか?
筋腫があると知ってからずいぶんと悩んできたが、もう限界だった。
私は、手術することにした。
早いほうがいいということで、上司とも相談し、私はあっという間に入院を決めた。
六月中に手術して、ムリはできないだろうが、七月中旬には仕事に復活する。
もっともらしいが、体調不良な私には、早く休みたい……という気持ちが大きかった。
最近、なんだか元気が無かったのは、そのせいです。
おかげさまで、工藤との痛い失恋のショックは、別の理由にすりかえられた。
無理に元気を装わなくてよくなったので、私はいくらか楽になった。
あれだけコソコソしていたのだから、二人の関係に気がつく人も少ないだろう。
秘密主義を工藤の優しさだなどと、考えるゆとりはまったく無い。
「白井さん、入院するんですね……」
階段ですれ違うとき、声を掛けてくれたのは、工藤の売場の後輩だった。
彼は、数少ない私と工藤の関係を知っている人かも知れなかった。
もちろん、そんなことを確かめたことは無いけれど……。
彼が、私に憧れにも似た好意をもっていることは、薄々感じている。
そのせいで、あれだけ慕っていた工藤のことを、最近避けていることも……。
「あの……僕でよかったら……困ったことがあったら相談してください」
彼は、本当に心配してくれていた。
男の彼が、婦人科の相談に乗れるはずがない。
彼は、工藤のことをいっている。
私が、ここずうっと苦しんでいることを、彼は痛いほど感じてくれていた。
「ありがとう。でもね、あなたには相談できることではないわね」
私は残酷に、ひきつって微笑んだ。
年下の彼が悲しい想いに浸っていくのを、妙に快く感じて、ぞっとした。
私は階段を駆け上がった。
工藤から受け取った苦痛を、誰かに与えてやりたかった。
階段に一歩足を上げるたび、子宮のモノがドンドンと弾んで、背中を打った。
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