月のない夜・3


 六月吉日に、工藤は結婚する。

 職場の人ではない。私のまったく知らない女性だ。

 工藤とは十ヶ月付き合ったが,鈍感な私はまったく彼女の存在に気がつかなかった。

 それだけ、工藤は上手くやっていたともいえる。


 日中は忙しさでまぎれるものの、休憩時間になると思い出して涙が出てきた。

 食事もほどほどに、私は売場に戻るようになった。


 夜はもちろん、眠れない。

 いったい、どうして……?

 そればっかりが、頭を行き来する。


 愛情なんて、もうなかった。

 裏切られた……ということばかりが、大きな傷になった。



 あの日……映画を見にいった。

 工藤は仕事が休みだったが、私の仕事が終わるのを待って二人で出かけた。

 後味さわやかな恋愛モノで、私たちはお互いを確かめ合うように、手を握り合っていた。


 きっと、この映画のように、私たちもいつか……。


 そんな妄想にひたっていたあの日……。

 日中に工藤が結納を交わしていたとは、まったく気がつかなかった。



 今日も、眠れない……。

 三時、私はモソモソとベッドから這い出す。


 RRRRR……RRRR……


「はい……」


 工藤が電話に出る。

 私は受話器を置く。

 しばらくすると、また電話する。そして……受話器を置く。


「……麻衣……」


 何度目かで、工藤が私の名を呼んだ。


「……ごめん。悪かった。俺、だますつもりじゃなかったんだ……」


 無言電話に、工藤は詫びる。


「……クッ……」


 私は涙をこらえきれず、また受話器を置いた。

 こんな電話を、私は何日も繰り返している。




 刃物が光る。

 死んでしまいたい……。

 工藤のために。

 そして、工藤の子供に生まれかわる。

 私はひどい障害を持って生まれ変わり、工藤の人生に影を落す。

 精神的に歪んで育ち、人を殺めて笑う子供になる。


 今の人生も、生まれかわった次の人生も……復讐のために使ってしまおう。


 工藤がいつも私のために苦しむ顔を想像して、楽しくなった自分にぞっとする。

 心臓がバクバクと音を立てて、私は刃物を落した。


 怖かった……。

 自分が……。


 最悪な人間だ。

 悲しみは人間を成長させるというけれど、それは嘘だ。

 私は人生で一番醜い人間に成り果てて、工藤を呪った。

 

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