月のない夜・2


 渡場直哉わたりばなおやは、そこにいた。

 初めての空間に遅刻してはいる勇気を振り絞るために、私は大きく息をした。

 その時に、ドアの窓から真正面に座っていた彼の姿が目に入った。

 オレンジ色のポロシャツに綿パン。ただし、裾はダブルになっている。

 さりげない恰好だが、なぜか妙におしゃれに感じた。 

 彼は腕を組み、足を組んで、誰かの話に耳を傾けていた。


 私がドアを開けた時、話が中断した。

 彼も、私のほうに視線を移した。

 日焼けした顔に輝く瞳。私をドキッとさせるには充分だった。


 かなり……いい男……。


 これが私の渡場直哉の第一印象だった。


「はじめまして。白井麻衣しらいまいと申します」


 星の仲間達は、はにかみ屋さんが多いのだろうか?

 一瞬の静寂を消そうとして、率先して自己紹介した私に渡場は微笑んだ。

 片えくぼが現われた。

 笑顔に白い歯はなかった。

 彼には、前歯が二本なかったからだ。


 にこやかな女性たちの中で、普通に話している男性は渡場ぐらいだった。

 あとの男性は、女性が多いこの集団についていけないのか、言葉少なげに下を向いている。普段は一人で黙々と天文写真を撮ったり、望遠鏡を覗いたりしている人たちなのだろう。

 渡場がこの集団で女性の目を引く存在になることは、当然の成り行きだった。



「渡場さんは、けっこういい男だけど、どうして歯がないの?」


 私はいたずらっぽく質問した。

 渡場は戸惑うことも驚くこともなく、片えくぼを見せながら言った。


「俺……実は痛いのが嫌いなんです。虫歯で歯がなくなったんですが、歯医者は絶対に行きたくないんです」


 二十歳過ぎた男が、歯医者を怖がる……。

 まわりの女性陣が一斉に笑った。

 眼鏡をかけた青年が一人、渡場に声をかけた。


「渡場さん、やっぱり歯はあったほうがいいですよ。いい歯医者紹介しますよ」

「それはうれしいな……。では、あとで……」


 日焼けした渡場の笑顔に比べて、青白い青年の笑顔は陰湿な感じがした。

 渡場以外の男性はみな似たり寄ったりだが、杉浦と名乗ったこの青年は、輪を掛けて暗そうだった。

 笑わなくても歯並びの悪い歯が一本、口元から漏れている。

 目も相当悪いようだ。

 服装はかなり地味で、グレーのタックのないゴルフパンツに、縞のニットシャツを着ている。

 生活に疲れたおじさんという印象だった。

 あとで、この杉浦が私と同じ年齢だと知って、かなりのショックを受けた。

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