第11話 ◇食べ物の恨み◇
アヴァイン・ヴィルカ
シュウとレンを送り出した後、サターは仕事の報告をする前に腹が減ったと駄々をこね出し、自分でやれと言う彼女に
「俺が火をつけることがどれだけ危ないか、わかるか?・・・焦がすぞ。」
と鍋と鍋の中身を人質にとりキッチンへと追いやった。
サターはアイランドカウンターの中には入り
コーヒーを作る。
普段は人に作らせる。もちろん命令などではない。ずいぶん前に皆が好奇を持ってサターに淹れさせたが全員が哀れんだ目で彼を見たことはつい昨日のことのように思い出すことが出来る。
別段グルメだからというわけではない。それこそ何でも食べる。
どんな種類の豆のコーヒーでもいい。味はこだわらない。
だが自分が淹れたコーヒーは泥水のようだ。そして酸っぱい。
みんなと同じようにしているのだがなぜかエミリアやシュウがやってくれるほど美味しくならない。
そんなサターが自らコーヒーを淹れる理由、
エミリアの手間をかけさせないため。としておこう。
「何が狙いだ。」
唐突な質問に一切慌てることなく正面を向いたままカップをテーブルに置く。
「何が、とは?」
「俺の今朝の用事と一枚かんでいるんじゃないのか。」
カウンター内部に置かれた簡易コンロで水が少しずつ温度を変えていく。
もう1カ所で火を使う時には換気扇を回さなければならない。
匂いもこもるし、何より熱気で倒れてしまいそうになる。
キッチン全体として古い。そこだけリフォームしなかった。
だが音から相当ガタがきている。そろそろ考えなくてはならないだろう。
イルマはくるっと振り返り、
「いやぁバレていましたか。」
と整った紳士が子供かと思うくらいの笑顔で、割と早かったですねぇと続けた。
「とはいえあの方の作戦ですからこんなものでしょう。」
さっきまでの優しい表情と違い、小馬鹿にしたようなしかし本気ではないような。
違和感、とまではいかないが先ほどの仕事で見せる顔とは少し違い戸惑いはしたが、これがあの方との関係性なのだと考えると微笑ましくも思う。ただ、
「俺がつくった空気まで換気してくれなくていいんだぞ・・。」
とサターはキッチンに向かって寂しげに呟いた。
「私共は貴方たちにお願いをしている身なのでお教えしてもよろしいですが、1つお尋ねしても?」
私の個人的な好奇心からの質問なのですが、と付け加え
イルマはさらに続けた。
「レンさんを、どこで拾ったのですか?」
???
「・・・ん・・」
もぞもぞと身体を動かす。が、
「いっ・・・た・・」
身体が鉛のように重く、全身がミシミシときしむ音が聞こえる。
かすんだ目で辺りを見渡すがぼやけてほとんど見えない。
カーテンの隙間から暗くなったオレンジ色の光が見えた。
シュウは何とか動かすことが出来る右手を
何とか顔までもっていき目をこする。
パチパチと瞬きをしながら自らの周りにあるものを捉える。
まず・・・天井は高そうだ。
明かりもある。人はいない。
本棚がある。‘‘我・・の・・‘‘
読めそうなのだがかすんで読むことが出来ない。
シュウはもう一度天井を見上げる。
すると先ほど見たものとは違い、青い何かがある。
それはどうやら掛け布団の上にあるようだ。
シュウは腕を布団から出し青いものを掴んだ。
すると柔らかいそれはビクッと反応し
「クママ?!」
と喋った。
そう、喋った。
何が・・なのかシュウはまだ全貌が見えない。
柔らかい。
青いものは振り返り、シュウをのぞき込んだ。
あの二つの黒いものは目だと思う。
「あぁ、起きたクマ。急に触るとビックリするクマよ。」
青いものはシュウの手を取った後、ポンポンとなだめるように自らから離した。
気分はどうクマ?と聞かれシュウは
うん、まだ体は痛いかな。と未だ曖昧のままわかることを答えると、
「そりゃそうクマ。何本か折れていたクマ。もう少し寝ているといいクマ。」
と言ってくれた。その青いものの傍に光が出現したと思ったら
なんだかまた瞼が重くなってきた。
その時、
「お仲間には伝えておくクマ。シュウ、おやすみクマ」
(なら、もう少し・・・)
目の前に光がある中、瞼の重みに勝てなかった。
・・・・・・・・・
「ねぇなんで僕の名前・・!!?」
と上半身をガバッと起こしながら聞いた質問は質問したいものには届かなかった。
がその代わり窓から一日の新たな陽が差したその部屋には見知った顔があった。
「シュウ!起きたんだな、よかった・・!」
「・・アニー。あ、うん。ごめんね、心配かけて。」
心配はしたが謝罪には及ばん、と言ってくれた。
ベッドの横に椅子をつけ、腰を掛ける。
レンは今、と言うとアニーは言い淀む。
「あ・・すまない。なんと説明したらよいか。」
そうだなと考えた末、
「人助け・・・をしながら情報収集をしている。うん。
シュウが目覚めたと聞いていたのだから傍にいたらいいと言ったんだが。」
と窓を見ながら話すアニーは苦笑いをしていた。
レンらしいから大丈夫だよ、と言うと一つ間が空いた。
「アニー、その、目が覚めたって誰から聞いたの?」
「覚えていなかったのか。少し会話をしたと仰っていたが。」
したようなしていないような。
何せぼんやりとしか覚えていない。
「そうだな、今呼んでこよう。待っていてくれ。」
ついでに冷たい水でも持って来よう、と
アニーは立ち上がり部屋を出て行った。
シュウは深く息を吐き辺りを見回す。
天井を見上げて備え付けられた照明器具を見つける。
そして、本棚を見つけた。
‘‘我らが生きる道‘‘
‘‘見つからない方法‘‘
‘‘人間社会で生きる勇気‘‘
‘‘非力でも異獣を倒せる‘‘
見たことのない本が並んでいる。
シュウは気になり、ベッドを降り本を手に取る。
いや、正確には取ろうとした。
ガチャ
と扉が開き、水を持ったアニーが入ってきた。
「さぁシュウ。お連れした。こちらが君を助けてくれた・・」
足音が聞こえない。アニーの後ろから何かが来て視線が下がる。
そこに、青いものがいた。
「パウスさんだ。」
こちらを見上げるそれには黒いまんまるの二つの目。
茶色い鼻を持ち、口角があがっているように見える。
ほっぺたがピンク色に彩られ全体は薄青い、
そして手足が付属品のように短い。
黄色い花を持ち、割烹着を着ている。
ポヨンポヨンと音無く歩くふくよかなそれは一言で
何の、かはわからない
「ぬいぐるみ・・・。」
だった。
ソレからブチブチと音が聞こえた。
ぬいぐるみに怒りマークが見えた、気がした。
「ぬいぐるみって言うなクマ!人形って言うなクマ!!
次言ったら丸焼きにしてやるクマ!!」
と持っていた黄色い花でバシバシと叩かれた。
全く威力は無く痛くない。
「ご、ごめん!ごめんね!」
「まったく失礼クマぁ。・・こほん!改めて、クマはパウスって言うクマ!
よろしくクマ。」
「・・よ、よろしく。」
呆気にとられるシュウとパウスの間にアニーが水を渡しながら入る。
「驚くのも無理はない。レンも私も最初は驚いたものだ。
だが時期に慣れる。彼らも私たちと同じ生きるもののようだ。」
それで、はいそうですかと受け入れられる人間を自分が持っているのか。
シュウは自分の人間性を疑った。
「まぁいいクマ。とりあえず話が進まないから強引に納得させるクマ。そこに座るクマ。」
とパウスはシュウをベッドに座らせる。邪魔にならないようにとシュウが空けたグラスをアニーは受け取った。
「いい子クマ。じっとしているクマよ。」
とパウスはシュウの膝に乗り顔に向かって何かを唱える。
と唱えた直後に頬の傷が回復していくことが分かった。
「これは・・?」
「ん?気になるクマ?教えてあげてもいいクマけど全てを
理解するまでざっと10年ほど要するクマけどいいクマ?」
「・・・エンリョしておきます。」
難しいことは自分には理解できないだろう、と思うと同時に
このパウスはそれだけの知識を学ぼうとしたのだろうかと考えた。
「簡単に言うとこの光ってるのが魔法陣クマ。普通に生きていたらお目にかかることはないクマね。魔力はそこら辺にあるけど気付けないのが普通クマ。扱うのも難しいクマ。これだけでも勉強クマ。」
覚えておくといいクマ、と目線も合わせず肩、腕、上半身を調べられていく。
・・さらさらと何か言っていた気がする。
「魔力?魔法陣・・??本とかお話の中のこと・・だよね?」
パウスはシュウの体から目を離すことなく答える。
いや、さらに質問を質問で返す。
「君は異獣が出てきた理由は知っているクマ?」
「え?う、うん。グスターヴ王国初期だよね。もう何百年も前だと思うけど。」
「その時何があったクマ?」
「えっと、戦争。」
「そう、戦争クマ。内戦クマね。ほかにはどうクマ?」
パウスはピョンと膝から飛び降り、膝下を念入りに調べる。
魔法陣から発せられる癒される不思議な音が部屋に響く。
「・・え?ほかにも?」
ちょうど身体を調べ終わったパウスは表情を変えることなくシュウを見上げた。
「それが一般教養クマ。間違ってないしそこまで知っていれば恥ずかしく無いクマ。ただ、」
パウスはアニーを見上げ、もう一度シュウを見上げると
ため息のようにひと息おいて続けた。
「何を言おうとしたか忘れたクマ。ご飯を作っておいたクマ!一緒に食べるクマ。
アニー、レンを呼んで来てほしいクマ。」
「あ、はい。わかりました。」
やることを与えられたアニーは瞬時に切り替えることが出来たが、急に話が終わってしまい何かしてしまったのかとシュウは考えた。
「あ、あの」
「ん?なにクマ?」
表情が変わらないパウスを見て怒っているのかわからなくなってしまい、
「えっと・・治してくれてありがとう。」
と伝えると、
「ふふん!クマの魔術はすごいクマ!もっと褒めてくれていいクマ!モッット感謝してくれていいクマよ!」
とエッヘン!と言わんばかりに背中を仰け反らせた。
何をやらせても顔が綻ぶ表情を生み出させるこの生き物に、
今シュウが言えることはそれだけだった。
「本当にありがとうございます。」
と緩んだ顔で言うのが精いっぱいだった。
そんなシュウを見て、さらにデレデレになったパウスは
「もういいクマよぉ!ほんとはもーっと言ってほしいクマけど、お腹空いたクマ。ご飯が先クマ。ほら、行くクマよ!」
とシュウを歩かせた。
共に部屋を出たところでシュウをジッと見つめたまま立ち止まるパウス。
「知るべき人物には必ずその時が来るクマ。だけどその時、
『知りたい』と『知らされる』では心持ちが違うクマ。」
一呼吸置き
ハッ、とパウスは思い出した。
シュウは未知への遭遇に驚きが隠せなかった。本当は真っ先にここはどこなのかが知りたいのだが何か事情があるのだろうと思った。それよりもぬいぐるみが喋っているという事実が知りたくなっている。どう言った仕組みなのだろう。いやしかし首長を探さなくては・・・どうなってしまっているのか。熊の異獣とはどうなったのか?いやだがアレは一体・・・。
などと考えていると突然後ろから
「クゥゥウウウウウマァアアアアアアアアアア!!!!」
と鬼の形相で涙を流しながらシュウに向かって来るパウス。まるでロケットのように真っ直ぐこちらに向かってくる。短いパウスの右ストレートが振り返り切ることもできないまま慌てるシュウの左横腹にドカッと強烈に入った。
「ぐほぉッ!?」
先ほどの花パシの威力とは思えないほどのパンチだった。
勢いそのままに倒れこんだシュウにのしかかるパウス。
とんでもなく怒りにまみれ、鼻水をズズズーーッ!っとすすってから発せられた言葉は想定外のものだった。
「次にクマのご飯盗ったら!こんなもんじゃ済まさないクマ!!!!」
「なんのことなの?!?!」
その後の攻撃に威力は無かった。
身に覚えもなかった。
しかし涙としゃっくりが止まらないのか呼吸が苦しそうだがどうしても忘れられない何かがあるように柔らかい体で今出来る訴えを表していたパウスにそうさせてあげることしか出来そうもなかった。
シャドウ・アンサー 黒崎ラルガ @RaRuga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。シャドウ・アンサーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます