第8話 ◇よく食べて、よく寝る。そして育つ◇



寂れた豪邸跡地。



「コネート、任務は?」


「僕の出る幕はなかったよ。

あの方自らクリアしたからね。」



コネートと呼ばれた少年は振り返ることなく答える。



「そう。お疲れ様。」


「別に疲れてなんかいないよ。

君らとは違うから。」



「・・・あの方は?」


「籠ったよ、地下に。

僕らは引き続き探せってさ。

手当たり次第のほうが早い気もするけど。」


「そう。じゃあ報告は

各々こまめにするように。」


チッと舌打ちをして

コネートは立ち上がり相手と向かい合って、


「うるさいな。あんたに言われなくても

わかってるよ。」



と建物から立ち去って行った。___






___ナーンタリ港



「それでは私は一足先にアヴァインで皆を

待つとしよう。君たちの働きに

大いに期待している。」



「はい。ご期待に添えられるよう

全力を尽くします。」


明朝、アヴァイン行きの船が出航する。

その船にこの街、ナーンタリの首長を乗せ

見送るところだ。


首長に激励を貰い、

シュウは努力する旨を伝えた。


大きくうなずいた首長は

船に乗り込む。



船に梯子がしまい込まれ

大きく汽笛が鳴った。


シュウたちはその船に頭を下げながら、

首長を見送った。



「よし、ナーンタリの首長は送り出した。

次に向かうぞ。」



「うん、そうだね。っとその前に、

アニー今回はありがとう。助かったよ。」



と.今回協力してくれたアニーに

感謝を述べる。

彼女が居なければ首長に会うのは

1ヵ月も先だったかもしれなかった。



「もう、行くのか?」



アニーは別れを惜しんでいるように見えた。


「うん、遅くなったらいけないからね。」


会話の中レンが地図を広げ

次の街へのルートを算出していた。

それに気が付いたシュウは

一緒に地図を見る。


その間もアニーはうつむいたままだった。



「ここからだとタウルは、北東の方角だな。

森を右手に進むんだ。

あまり湖に入りすぎると

行きすぎだからな。」



とシュウに注意を促す。


「うん、わかった。でも」


「待ってくれ!」


と急に意を決したように

アニーが制止した。


「私も連れて行ってほしい。

今回の件やはり

人ごとにするわけにはいかない。」


とアニーはついてくる意志を示した。

だが、


「お前、昨日の話を聞いていたのか?

狙われているのは国の兵士だ。

連れて行くわけがないだろう。」


と先ほど首長の前で話をした際

野盗の件を引き合いに出した。

そう、この話はアニーも聞いていたのだ。



それでもアニーは引き下がらない。


「伝令の最後に

『君たちの力になってほしい』と

書いてあった。

最初は君たちが首長にお会いするから

アポイントを取っておけば

力になることだと思った。」


「そうだよ、十分力になってくれたよ?」


「いや、そうではないのだ。

きっとヴァリッター卿はそれすらも

見越して言っていたのだろう。

だからこそこの服装だ。」


そう言ってアニーは両手を広げてみせた。

シュウは1人なるほどと感心していた。

ここにはいない彼女の上官に。


「そっか!すごいな。

なんでもわかっちゃうんだね。」


と自分の上司を褒められたのに、

彼女はあまり浮かない顔だった。


「そのくらいの力量がなければ

国の補佐などできないさ。

ヴァリッター上官は平民の出だ。

先を予測するくらいの力がなければ

今の立場は勝ち取れまい。」



おそらく彼の後ろには

想像もできないほどの闇があるのだろう。


「侮れない人物ではあるがな。

・・・で、どうするんだ?」


とレンは一応言い出しっぺのシュウに

この件の決断をさせる。

外には異獣アスミネンも出る以上

戦力は多いに越したことはないが

あまり目立ちたくはない。


「ヴァリッター上官に言われたから

というだけではない。

これは私個人の意志でもある!」


とさらに自らの熱を語る彼女の目に

迷いはなかった。



「そっか。じゃあお願いしようかな。」



シュウの言葉はやんわりとだが、

しかと彼女自身の覚悟を受け取った。


「ありがとう。

後れを取らぬよう精進しよう。」


「うん、でも無理はしないでね。」


「もちろんだ。さあ、そうと決まれば

さっそく向かおう。」



アニーは街の北の出口に向かって歩き出した。


彼女の数歩後ろを

シュウと地図を畳みながら歩くレン。


レンは先ほどからの疑問を

1つぶつけておく。


「おい。服装だけでなんとかなると

本当に思っているのか?」



シュウは腕を組み、うーんと悩む。


「わかんない。でももしかしたら本当に

傭兵と間違えてくれるかもしれないし。」



それに楽しいじゃない!

とはしゃぐシュウを見て

レンはのんきだな。と

シュウから視線を外し深く息をつく。

そして、真剣に詰め寄る。



「いいか?今、たった今首長と接触し、

送り出した。

もしかしたらこの現状を

敵が見ているかもしれない。

気を抜く時間は一瞬もないんだ。」



シュウは目を大きく見開き、気付いた。


自分にとっては初めての街の外。

これから先も何回も異獣アスミネンに遭遇するし、

他の街だとアヴァインとは勝手が違う。



それを、シュウは怖かったが

楽しんでいた。



見るものすべてが新鮮で

この気持ちはどこから来るものなのか

自分自身でもわからなかった。



そして今は任務の真っただ中。

いつもは任務を忘れたことなんて

なかったのに初めて忘れていた。

と自覚した。



(レンはいつだって

気付かせようとしてくれていた。)



のかもしれない。

自分の雰囲気があまりにも

『仕事で来ています』という感じでは

なかったように反省した。



そしてはっきり、



「そうだね、ごめん。」


と謝った。

レンはシュウを見て

サターの言葉を思い出し、ハッとした。


少し悩んだ末、

先ほどと似た感情で



「俺はお前みたいにのんきじゃないからな。

もっと周りを見ろ。」


と一声かける。


「うん、レンだけに任せるなんてしないよ。

僕も頑張るね。」


とシュウは気合を入れて

ちょっと先まで見てくる!と

周囲に警戒してから

先ほどから立ち止まっていたアニーを

追い抜かす。





「__君たちは仲がいいんだな。」


とシュウの後ろ姿を見ているアニーに

話しかけられる。


「どうみたらそうなるんだ。」


レンは本当にわからなかったが

つい憎まれ口になってしまった。

すると戸惑ったレンの考えをよそに

アニーがふふっと笑った。


「君も彼が心配だったから

ついてきたのではないのか?どうやら

真っすぐ突っ走っていくタイプのようだ。

放っておけないのだろう?」



いつも気にかけている

というような口ぶりはやめろ。


・・・とレンは言おうとした。

だがそれよりも。




・・・あいつが言っていたことは

あながち間違いじゃなかったな。



「・・・・・。」


「ん?どうした、

私の顔に何かついているか?」


じっと見られるのは恥ずかしいのだが。

と少し照れながら

自分の頬をペタペタと触っていた。



すると


「おーい!2人ともー!」


といつの間にか

正面の橋を渡った先にいるシュウ。



ようやくシュウのいる場所まで

歩いてきたレンは

シュウが目をキラキラと

輝かしていることに気付く。

もちろん、どうした?などと

誰が聞いてやるものか。


と思っていたら

隣に立つ心お優しき騎士様が


「どうしたシュウ?」


と聞いてしまった。


スルーしておけば

すぐにこの街を発てたのに。


「あのね!

向こうにパイのお店があったんだ!

ここでしか食べられない

珍しいパイがあるみたい!

お腹空いちゃったから食べて行こうよ!

そうしたら、タウルに出発だ!」


とこちらの意見を聞くことがないまま

シュウはレンの腕を引っ張り出した。


「おいシュウ!離せ、わかった。

行くから。ったく自分で歩ける!」



振り返った時にアニーが笑っていたけど

なんだ、普通の女の子だね。

よかった。



とシュウは隣でギャアギャアしている

を引きずりながら

先ほど見たのお店へ向かう___。





「アニー、寒くない?」


「いいや?私は寒くはない。

急にどうした?」


「ううん、何でもない。

えへへ気にしないで。」







は・・・・ひゃ・・・・。


びゃっくしょぉい!!







___レウナ。アナリューシ宅




「・・・あぁ、寒いわね。

上にもう一枚羽織ろうかしら。」


と鼻水を垂らしたまま

上に羽織るものを探す。



・・これだと寒いかしら。

・・・これ、は。なんとなく微妙ね。

書き物には邪魔だわ。



がさがさと服をあさるソレは

まるでゴミあさり。


ご飯だけはとは思っているが

今回のように忘れることもあるし、

洗濯は洗濯機をまわして、研究して忘れ

干して、研究して忘れ。

畳むことを忘れたらこうなっていた。

なにより掃除が苦手なキュキュ。

苦手というよりその時間を

研究に使いたいだけ。

どのくらい掃除をしていないかは

本人も覚えていない。



とようやくこれにしようと決め

重力に負けそうな鼻水を

ズズッとほんの少しすすって

ようやくティッシュを手に取る。



ずびーーー



とかんだ後なんだかすっきりした。


すっきりしたついでに

急に睡魔が襲ってきた。



「んー・・。まだキリよくないのにぃ。」



ふかふかのクッションが2つある

パイル地の青いソファになだれ込む。


窓の外は

まだ暗かった。




「(明日は・・・晴れるかしら。

洗濯もした方がいいだろうし、

買い物、行かなきゃ・・なぁ。)」



瞼が重たい。

目が乾燥しているのがわかる。



____晴れますよ。

ちゃんとお昼には起きなさいね。




「(わかって・・るわよ・・・。お・・)」



___おやすみなさい。



目の前に誰かがいるような気がした。

優しく、こちらに。

頭に手を伸ばしている・・・。


そこでキュキュは

意識を落とした。



静かに炎が燃える家に

帽子に飾られた水色の光が

火の番をするように見守っている。







顧みてはならない。

忘却もまた未来へと変わる。




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