第9話 ◇他が為の力◇

ナーンタリを出た一行が次に向かうは

タウルという村。

アヴァインやナーンタリのように

人が多くはなく、

『田舎』という言葉が実にしっくりくる

静かな村だ。


村の西には沼地が広がっており

作物を育てることはおろか

家畜を育てることもままならない。

だが、反対側に位置する東から北にかけては

穏やかな川が流れており畜産や農作物を育てる場所に適している。

故にタウルはグスターヴを支える農家が集まる村。


と同時に林業も盛んだ。

南には『タウルの森』と呼ばれる

広い森林地帯がある。

森をさらに南に進めば

アヴァインを目指せるため、

タウルにとって大きな収入源の1つになっている。

アヴァインのみならず

グスターヴ全土にわたり

タウルの木々が使われているため

林業に携わっているものも少なくない。



____だが、豊かな場所には悩みの種も発生する。






「アニー、けがはない?」


「ああ、心配は無用だ。シュウ、レンも

負傷していたら言ってくれ。」



アヴァインからナーンタリまでは

人がよく行き交うので街道のようなものが出来ていた。

だがナーンタリより北は

沼地が多いので街道を作ることが

なかなか難しい。

無いこともないのだが

途中で途切れてしまっていたり、

自然と沼が浸食してしまうことがある。


など、様々な要因があるが

ここからは異獣が出て来やすいようだ。


アヴァインにいたころ、

依頼で街の外に出て討伐に出たこともあったけど

それとは比べ物にならないこの疲労感。


「ふぅ・・・。足場が悪いのかな。」


ちらっとレンの方を見ると

息1つ乱すことなく、そして呆れながらこちらを見ていた。


「まぁそれもあると思うが。」


「あると、思うが?」


その先が気になる。

他にもなにか要因があるのなら対処したい。


「はぁ。まだまだ鍛錬が足りないということだ。」


あとは自分で考えろ

と言ってレンは歩き出してしまった。


「んー。わっかんないなぁ。ねぇアニーなんだと思う?」


とアニーの顔を見ると

彼女も息1つ乱していなかった。


「ふふ、きっと私が言ってはいけないのかもな。」


と彼女は何かを見ながら言っていた。

視線を追うと鬼の形相でこちらを振り返っていた。

シュウがギョッとしたのを確認して

レンはくるりと踵を返し再び歩き始めた。


「もぉ教えてくれたっていいのに・・・。」


「教えることが本当に相手の為になるのか。」


「え?」



先ほど笑っていた顔が今は無くなっていて

シュウは少し驚いた。


「あ、いや。昔騎士の鍛錬中に私も行き詰ってしまったことがあってな。

その当時の教官に聞いたことがあるんだ。『私に足りないものを教えてください』とな。必死だった。ただでさえ周りは私より体格もいい力自慢の男たちばかりだったからな。」


アニーは槍をきつく握りしめた。


「そして言われたのだ。『教えることが本当にお前の為になるのか』と。

『教えた通りにしてさらに勝ち目がなかったらお前は何のせいにする?教えを乞う前にまず何が敗因なのかを考えろ。自分が動けなかったのか、相手が自分の予想を超えた動きを見せたのか。ではそれを超えるためにはお前はどう仕掛けたらよかったのか。自分はどう動くことが出来るのか。』と。」


下を向き話すアニーはかつて見た壁をもう一度目の当たりにしているようだった。


「その指摘で私は2つ得ることが出来た。1つは『イメージトレーニング』だ。相手の動きを出来る限り考える。そして自らのイメージトレーニングもだ。自分の動きすら把握する。そしてそこから繋いだ2つ目。私が訓練で負けたのは体格のせいではない。男だから、女だからという理由でもない。『私自身の力量を測れていない』ということ。」


「自分の力量・・。」


「動けないということは経験が足りないということ。だがなかなか実践訓練は受けられるものでもない。だから私は私の技を増やしイメージで経験を積んだんだ。」



アニーは顔を上げシュウの顔を見てとっさに


「すまない。わかりづらかっただろうか?」


と聞いた。シュウは


「あ、違うんだ。僕、ボスと鍛錬する時に広くて周りに何もないところでやってたから、今みたいな沼地とか入り組んだ場所で戦闘になったらどうしようって考えてたんだ。アニーの言ったように僕にはレンやアニーよりもダントツで経験が劣っているから。」




悔しかった。

他に言葉に表せない。

悔しかった。

でもそんなの何もしていない人の言い訳にしかならない。



シュウはパッと顔を上げ

そして彼女に向き直りアニーの手を取る。


「アニーありがとう!

『何か』までは言葉に出来ないけどわかってきた気がする。

僕頑張ってみるよ!

でも一人ではまだ気づくことが出来ないかもしれない。」



顔を下に向けてしまったシュウは気付かなかったが

アニーは握られた自分の手と顔が熱くなっていくのを感じながら

必死にシュウの言葉を汲み取るために頭をまわしていた。


そんなこともお構いなしにシュウは再びアニーの瞳を捕らえ

自らの言葉を続ける。


「だからアニー、慣れるまでサポートをしてほしい!

お願いしてもいいかな?」



アニーはすぐに応えられなかった。

捉えられた瞳を離すことが出来なかった。

それは狩りをしているような。

いや、違う。

すでに捉えられたような。



仲間の筈なのに、

敵対心など一切感じないのに。


このゾクリとする感覚は

捉えられてしまっていいのか__。



__恐怖ではない。

彼女もそれをわかっている。

捉えられてしまえば逃げられない。


もちろん彼女も逃げる気はないのだが

彼の気迫か、執念か。

言葉では表すことが困難なそれが。





__その状況を静かに見ていたレンにも思い当っていた。

かつて共にサターに稽古をつけてもらっていた時。


シュウが振り上げた剣をいとも簡単に振り払われ、拳を背にくらい

あっけなく膝をつかされたシュウ。

その隙にサターの背後に回り込んでいた自分が

切りかかったがそれでもサターは

そんなものかと言わんばかりに

豪快に拳を振りかざし

面食らった自分はまたしても負けた。


息を整えながら顔を上げると

説教をしているサターに


ではなく、笑っているシュウに目がいった。


こんな状況で笑うやつがあるかと思いたかったが

それ以上にワクワクした笑い方だった。




__。




アニーが口を開きシュウに何かを伝えていた。

何を言っていたのかまではわからないが

シュウが踵を返しこちらに向かっているので

穏便に終わったのだろうということはわかる。

彼がレンを追い越し、ズンズン歩いていく。


「おいシュウ。」


ん?と振り返るシュウにレンは続けた。


「今日はここで野宿だ。それ以上進むな。」


先ほどまでと違い開けた場所にレンは立っていた。

あからさまにガッカリした青年にさらに続ける。


「陽があるうちに枝木を取ってこい。・・俺たちは野営の準備だ。

わかっていると思うが北は沼地があるからな。」


了解した、という声を聴き荷物をあさるレン。

シュウは空を見上げ、納得した顔をすると

ぐううぅぅぅぅぅ

と大きな音を立てた。


顔を赤く染めたのか夕日に染まっていたのか

とにかく青年は足早に近くの森に入っていった。









「北に、向かったな・・・。」


「・・・放っておけ。」




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