◆国知途次◆

第7話 ◇義を背負うものたち◇



「___ここ・・・だよね?」



シュウは初めて訪れる街に



「ったく・・・ビビるな。

間違えるはずないだろう。」



そう、ビビっている。

シュウたちが暮らしていた

アヴァインよりは小さいが

それでも人がたくさんいて、

古い建物が並び風情が溢れる。

このナーンタリも港町で

王国1番の大きな市場がある。

陸地でも海路でも王都に向かう為には

必ず立ち寄る重要な商業都市だ。


別名「太陽が降り注ぐ港町」。

この街では黄色とオレンジの花が目立つ。

街の景色に溶け込むガザニアの花。

彼らは春から秋にかけて

この街の人々を癒し、元気づけ、

そして見守っている。何百年も昔から。




「(何の建物だろう・・・。)」



ナーンタリ街中の海沿いにある大通りを

2人は歩いていた。

海岸に一番近い場所に

古い石造りの素朴な建物が

申し訳なさそうに建っているように見えた。


「(教会・・・かなぁ?)」


2階はあるし・・

でもなんとなく張りぼてにも見える・・・


と考えながら歩くシュウに


「おい、前を見て歩け。」


とけん制するレン。


「うん。なんかあの建物ボロボロだな

って。」


「お前がこけても、

それに俺が気付いていたとしても

俺は助けないからな。」


シュウの気になるんです発言を

見事にスルーし

先ほどの言葉はけん制した、というより

先制行動だったんだ

とシュウは理解し迷惑をかけないよう

レンについていった。




「・・・ここだな。」


「ここだね。ナーンタリの教会前。

来るかな?」


「あの伝達係が偽物じゃなきゃな。」



そう、僕たちがここ

ナーンタリに到着してすぐ。

イルマさんの部下の人に会った。


でもその人は

イルマさんが言っていた人ではなくて

その部下さんに頼まれて

この街の簡易的な地図と、伝言を

僕たちに伝えに来てくれた人だったんだ。


『ナーンタリの教会前で

待ち合わせを願う。』


とだけ。

時間指定がなかったから

僕たちは街を見ながら

遠回りをして教会前に行くことにしたんだ。



シュウはいつ来るかわからない人を待つため

教会の壁に座り込む。



「大丈夫だよ。

なんとなくイルマさんに似てたじゃない

雰囲気がさ?もしかしたら

その部下の人も

イルマさんにそっくりかもね!」


「何をくだらないことを。

気を抜くなと言っているんだ。」


と改めてシュウをけん制し、

レンは柱に寄りかかりながら空を見上げる。

青空の西に陰った雲が見えた。

レンは目を細めてその空をじっと見ていた。



「(眩し・・・そう・・。)」



雲が見える、というだけで

まだ太陽の光は見えているし、

光が遮られていても眩しいときはある。

シュウにはレンが今

何を思っているのか見当がつかなかったが

こんな表情のレンは珍しく、

目が離せなかった。



「貴公らか、ヴァリッター上官の遣いは。」



2人とも集中が周囲になく、

感覚として突然声をかけられた。

辺りに視界を隔てるものは無く

ただ単純に2人が気が付かなかった。


「(しまった・・。少し油断していた。)」


レンは自らの注意不足を即座に戒め、

ある程度の距離を保った彼女に向き合う。





が、


「こんにちは!全然似てませんね!」


「「は?」」



シュウがいつの間にか立ち上がり、

レンの近くまで来ていた。

あぁ、さっきの戯言か。

こいつは本当に・・・



「当たり前だろう!いきなり恥をさらすな!」


「ご、ごめん。えっと、初めまして!

ヴィルカ所属、シュウ・パヴァーサです!

こっちがレン」


「自分で名乗れる。レン・クーユオだ。」



目の前の女性は呆気にとられた後

ふっと口角を上げ、


「うむ。シュウ、レン。

私はグスターヴ騎士団ヴァリッター隊所属、

アーネスト・T・クッカ。

長いのでアニーで構わない。」


と握手を求めた。

まずは近くにいるシュウと、

そしてレンと握手を交わす。


お互い目は離さなかったが、

にこりともしないレンとは違い

アニーは少し微笑んでいた。


「よろしく。

すまないが簡単な事情しか聞いていない。

貴公らをこの街の首長のもとにお連れしろと

聞いたが、間違いないだろうか?」


「あぁ、しかし

そんなすぐに会えるのか?」


「うむ、貴公らが来る前に

先方にアポイントを取っていてな。

ここに赴くのが少し遅れてしまったが、

いつでも伺える手はずは整えておいた。

役に立っただろうか?」


と自慢するわけでもなく、

どうだろう?と

こちらに伺いを立てているアニーに

素直にありがたいと思い


「ああ、助かる。」


とレンなりの感謝を述べる。

シュウもアニーに感謝を示し、


「ありがとうございます。

そういえばアニーさん、

なんか騎士らしくないですね、その・・。

お召し物が。」


と彼女の服装について尋ねた。


シュウの思い描いていた騎士というのが、

ガチガチの重そうな鎧を着て

頭も兜をかぶった

体格のいい、それも男の人だと思っていた。


あのイルマの部下なのだからと

少し考えすぎていただけだ、と思ったのだが

自分と年も変わらなそうな、

自分よりこんなに腕が細い

女の子だと思わなかった。


そして彼女が今着ている服装。

どう見ても騎士には見えなかった。


ハイネックになっているインナー。

背中はなんだか網みたいになっていて肌が見えている。

そこにとても短いジャケットを羽織り、

ほんの少しだけ隠れている。

アニーの長い脚を隠すショートパンツと

膝の上が隠れるソックス、

底が厚めのブーツを履き

腰に肩幅より広がった

2枚のひらひらがついている。



そして槍。

これだけは唯一騎士に見えるんだけど

それ以外がなんとも・・・。



そんなシュウをよそに

聞かれたことに素直に答える。


「これか?上官から

騎士の恰好ではまずいと聞いていたので

傭兵に見えるような服装なんだ。

それでも戦いはあると仮定し

動きやすさを重視してみた。

どうだろう、私に似合うだろうか?」



と自分で変なところはないか

確認をするアニー。

サバイバルナイフも用意済みだ!

と息巻くアニーが

なんともワクワクしていたので

シュウは似合いますよと言って理解した。

レンはくだらんという顔をしていたが、

特に文句は言っていなかった。


満足したのかアニーは


「それから堅苦しい言葉も使わなくていい。

同じ国を想うもの同士だ。

さてさっそく向かおう。」


と本題を切り出す。


「首長はどこにいるんだ?」


「今日は既に公務を終え、

海沿いの自宅にご帰宅されたはずだ。」


「わかった。いくぞ。」


と教会の敷地を出る。

振り返りざま、ピンク色に光る

アニーのペンダントが揺れた。


気になったシュウは歩き出したアニーの隣に並びペンダントを見る。

真ん中に描かれた模様は

花のようだがシュウは見たことがなかった。


「不思議な形をしているね。

このペンダント。」


アニーは右手でペンダントに触りながら


「これか?これは桜石と言って

とある国を象徴する花の形をしているらしい。母から譲り受けたものだ。」


この国では見られないようだから

無理もない。とアニーは話す。


「元々は父が

行商人から買い付けたものなんだ。

その国では満開の時期には

辺り一面ピンク色になり、

その木々の下で『お花見』というイベントが

一般化しているらしい。

人々が食事をしたり酒を酌み交わしたり、

それはにぎやかだと聞いた。

私もいつか見てみたいと思っている。」



どこか懐かしそうに話すアニーに

まだまだ聞きたいと言葉を出そうとするが


「おい、何をしている。早く行くぞ。」


とレンにせかされてしまった。

今はやるべきことをやらなくてはと、


「ご、ごめん!すぐ行くよ!

アニー、また話聞かせてね。」


と聞き足りない旨を伝える。

そんなシュウにアニーは

一瞬呆気にとられるがふっと微笑み、


「君は変わっているな。

機会があればいくらでも話そう。」


と言ってくれた。


変わっている、と言われて何のことか

わからなかったがまた話を聞かせてくれる

とのことなので

シュウは1つ楽しみが出来て嬉しかった。





____2人はいつの間にか

レンを追い抜かして歩いていった。

立ち止まり2人を見ていたが

レンは灰色に陰った空に

気持ちが向いていた。


そしてレンの頬に一滴落ちる。


顔を上げたレンに向かって徐々に

雫が多く落ちてきた。



「・・・・雨。」



雲は既にナーンタリを

覆いつくしており、

ずっとずっと東に青空が追いやられていた。








____アヴァイン・エテラ地区。

パヴァーサ家。




時々読みたくなる。

今日はそんな気分だった。

昔読んだこの絵本。

ゾウが様々な職業を体験する。

でも失敗ばかり。ゾウはとても大きく、

重たい。

消防士としてはしご車に乗りたかったが

そのはしごが折れてしまい登れなかったり、

宇宙飛行士になりたいと

ロケットに乗り込んでも

自分を乗せていない場所だけ

飛び立ってしまったり。

ピアノを弾けば壊してしまう。

ゾウは何度も心が悲しくなる。

いったいどうしたらいいのだろう。

それでもゾウは

まずはのんびり考えようと休憩をする。

何事も焦ってはいけない。

のんびり行こう。

きっとやりたくてやれることが

見つかるはずだ。



そこで絵本は終わる。


自らとゾウを照らし合わせるのは

どうなのだろうとも思ったが

自由で、何でもチャレンジして、

諦めず自分のペースを崩さないこの主人公を

サラはとても気に入っていた。


今日は絵本をたくさん読んだ。

サラはうんと伸びをして窓の外を見る。

なんだか空が陰ってきた。


と思っていると


ポツ・・・ポツ・・ポツポツ・・・


と雨が降り出していた。


サラは慌てて母のもとへ行く。


「お母さん!雨降ってきたよ!

洗濯物取り込んだ?」


「あら本当!?

お母さんが取り込んでくるから、

サラお鍋かき回しててくれる?」


とヘルミは慌ててベランダに走る。

サラは鍋の中に突っ込まれたおたまで

鍋の中をまわす。スープのいい匂いだ。


「わあ、サーモンスープ!

シュウの好きなものね。

何かいいことあったの?」


ヘルミは洗濯物を取り込みながら答える。


「ふふ、おつかいのお礼よ。

今日仕事帰りに

薬をもらってきてもらうお礼。」


そう聞いてサラは

少し寂しげな表情を浮かばせた。


「そうなんだ・・。私も何かお礼したいな。

いっつもシュウにおつかい頼んじゃって。」


「サラ・・・。」


「うん、まずはこのスープを

焦がさないようにすること!だね!」


とグルグル鍋をかき回すサラ。

ヘルミはその言葉を聞いて、

洗濯物を椅子の上に置き、

サラの背中をそっと支えた。


「そうね、

ちょっとずつやっていきましょう。

治った時に何もできなかったら

母さんもシュウも悲しいわ。」


と娘の意欲をそぐようなことは言わず

その気持ちを押せして、

少しでもこの子の為になるなら。

自分の出来ることをサラに継承していけたらと願った。

そしてサラは笑顔で


「うん!頑張ります!」


と両手をガッツポーズをして母に応えた。

そんな娘を見て笑みを取り戻す。

そして母を見てさらに笑みを増す。




___笑顔が絶えない家庭にしたい。




サラが鍋に目を奪われている間、

ヘルミは思い出した言葉に反応し

飾られた写真を見つめる。

すると、




コンコン



「はーい!」


お客さんだ。もうすぐ夜7時を回る。

ヘルミが戸を開けると、



「あら、エミリアさんじゃない。

こんばんは。」



エミリアが立っていた。

とても神妙な面持ちだった。


「こんばんはヘルミさん、サラさん。」


立ち話もなんだからと中に招き入れる。


「あら?シュウも一緒じゃないのかしら?」


てっきり帰りがけシュウが急に

エミリアをご飯に誘ったので

遠慮をしているのだと思っていた。

続けて誰も入ってこないので

玄関の外を見まわす。

すると家の中からエミリアが話す。


「実は急で申し訳ないのですがシュウくんに

泊まり込みで依頼が入りまして。

こちら代わりに貰ってきました。」


と紙袋を渡してくれた。

中には頼んでおいた薬が入っていた。



「あらあら、

エミリアさんが行ってくれたの?

わざわざありがとうございます。

じゃあスープは明日また作らないと!」



「すみません、帰りが

いつになるかわからないんです。」





今・・・なんて・・・?






「え?」



サラの声でハッとする。



「そうだサラ、お洗濯もの向こうで

畳んできてくれるかしら?」


と話を変えようとする。


「え、でもシュウの話。」


サラは自分の弟に何かあったのかと

エミリアに聞きたい気持ちがある。

だがヘルミは続ける。


「シュウなら大丈夫よ。

あの子はしっかりしているわ。

それに前にも

泊りのお仕事はあったでしょう?

心配いらないわ。」



これ以上は何を言っても無駄なのだろう

と思ったのか、


「うん、わかった。」


と言って椅子に置いてあった洗濯物を

両手に抑え、リビングから出て行った。



ヘルミはスープの火を止め

エミリアをテーブルに着かせる。

そして自らはエミリアの真正面に座る。



大きく息を吸って、吐いた。



何から聞くべきか、何を聞いていいのか。

彼女も緊張してしまっている。




そして、先にこの空気を打破したのは

エミリアだった。



「失礼しました。

サラさんの容体を考えるべきでした。」



緊張という焦りの中、冷静さを欠いた

自身を反省させていた。


そんなエミリアを見て


「大丈夫よ、ただ

ちょっとだけ今のサラには

負担の大きいお話かもと思っただけよ。」


ヘルミはフォローを入れつつ

エミリアと同じくサラの心配をした。


大丈夫、わかってくれるわ。


小さくうなずいて、


「それで、シュウは?」


と本題を切り出す。


「はい。内容はお話しできないのですが

密命を受け、国を周ってもらっています。」


エミリアの言葉を聞き、

ヘルミはふふっ、と笑いながら


「確かに明日には帰れないわね。」


と冗談めいた。そして真剣な顔に戻り、



「無事に帰ってくるのね?」



と尋ねる。


その顔は信じているが保証がどこにもない

そんな不安を抱えた親の顔だった。


「きっと。」


エミリアはその瞳にこたえられる言葉は

そして今の自分がかけられる言葉は

これしかないと思った。



数秒見つめ合った後、



「そう、わかったわ。

ふふ、エミリアさん。ありがとうね。」



と今度は冗談ではなく、

本物の微笑みだった。


お礼を言われたエミリアは呆気にとられる。

なぜお礼を言われたのか

まったく見当がつかなかった。


エミリアの顔を見て

ヘルミは付け足す。


「シュウのこと。そして

私たち家族のことを心配、してくれて。」


「そんな、

ヘルミさんの心配に比べたら私は」


「エミリアさん。

心配は比べるものじゃないわ。

気持ちは同じよ。

あなたの顔を見ていればわかるわ。

きっと同じ顔をしてシュウを

送り出してくれたんじゃないかしら?」



と言われ、エミリアは確かにずっと同じ顔をしていたことに気付く。



「大丈夫よ。

あなたがそう思ってくれているだけで

シュウの力になるわ。改めてありがとう。

あの子は愛されているのね、よかったわ。」



・・・母は偉大だった。

エミリアが心配するよりも母は

大きく信頼していた。

必ず、ここに。自分の元に帰ってくると。

・・そうあってほしいと。



「そうだわ!スープたくさん作ったの!

エミリアさん、食べて行かない?」


と目を見開く彼女をディナーに招待した。


しかし彼女は


「ありがとうございます。

ですがお気持ちだけ頂戴します。

私にも出来ることはあるはずなので。」


と何か吹っ切れたような顔を見せ、

立ち上がる。

気持ちに整理がついたエミリアは

早く戻らなくてはと、玄関に向かう。



「そう。じゃあ後で持っていくわ。

ちゃんとご飯も食べて。

無理しちゃダメよ?」


「はい、お気遣いありがとうございます。

では、私はこれで。」


と最後に頭を下げエミリアは玄関を出る。

ヘルミはわざわざありがとう。と伝え、

玄関のドアを閉めた。





____ヘルミは玄関のすぐ近くにある

小さな戸棚へと移動した。

しかし戸を開くことはなく、

戸棚の屋根に当たる部分、そこに

毎日洗濯をして変えている

今日は緑色のハンカチーフ。

それの上に置かれた写真立てを手に取った。



その写真の中は、光が満ち溢れていた。



「・・・そう。

きっと誰かの為に動いているのね。

本当にあなたに似てきたわ。

ちゃんと見守っててくれなきゃイヤよ?

あの子に何かあったら

あなたの責任ですからね。

もうあんな思い、したくないんですから。」



ほんの少し、優しく。

ほんの少し、怖い思い。


そんな感情が混じり合いながら

ヘルミは語る。


しかしそれでも暗くいたら

サラに心配をさせてしまう。

ヘルミはエミリアが言った言葉を思い出し、



「・・・私に出来ること、か。

そうね、サラを守ることと、

シュウが帰ってきたらうんと甘やかす準備をすること、かしら!?」



自らを鼓舞した。




「ふふ、そうと決まったら・・・!

よーし!母さん頑張っちゃうわよ!

その為にはまずはご飯を食べなくちゃ。」



と写真立てをもとの位置に置き、

エプロンの紐を縛りなおす。


ふんす!

と息巻くその姿は母というより

仕事に精を出す看板娘のようだ。


そして、


「さあ、いっぱい食べるわよ!

サラー!ご飯にしましょー!サラー!」



と大きな声でサラを呼び戻しに向かう。





____なぜだか、

昔を思い出し誰かがふふっと

笑った気がした。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る