第6話 ◇ゆかりある土地◇
レウナ近郊。
キペリヲ山、とある小屋。
山の天気は変わりやすい。
高山病の心配もある中
彼女がここに住む理由は
生きている人間で知る者はいない。
暖炉に火を灯し、
低体温になることだけを避け
椅子に座った彼女は本を声に出して読む。
「メ、ペエヘーン。・・・セ?クツア。
ヨ、ッロイン。」
すると、
ぐぅぅぅぅぅううううう
うなり声だ。
腹をすかせた異獣が近くにいるらしい。
彼女は本を閉じ、スッと立ち上がる。
が
ばたん!!
「・・・あっれ~?おかしいな。
力が入んない。」
頭がぐるぐる回っている。
自分が倒れている・・・?
ちょっと待て、
最後にご飯を食べたのは・・・。
「おとと・・・い?マジ?笑える。」
ささやかだが自分に笑っておいた。
気付けば異獣の気配は無い。
とはいえ何か作ろうにも動ける気がしない。
と顔を上げると目に入ったボトル。
距離・3メートル。
いける。
ほふく前進でボトルを目指す。
__こうならないように
買い物をして料理を作ると
自分で決めたのに。
ちゃんとご飯食べないと
やりたいこと中断しなくちゃいけなくなる。
誰もいないんだから。自分でやらないと。
後悔なのか成長に向けての自責なのか。
なんとかボトルにたどり着き
中身の水を飲む。
右手にたった今書き写した紙を持って。
味なんかなくていい。腹にさえ溜まれば。
そうすればまだ
___研究できる。
「ぷはぁぁぁぁああ!
生きかえ・・・っ?!」
床に仰向けになる。
なんとなく起き上がったら
せっかく飲んだ水を吐く気がした。
__キュキュ、ちゃんと食べなさい。
「もーわかってるよ。
今度はこんなことにならないようにする。」
__何回目ですか。聞き飽きましたよ。
「悪かったってば。」
キュキュは大きく深呼吸を繰り返す。
細い左手でお腹をさすり、そして謝る。
「急にもの入れてごめん。」
と言いながら右手の資料を掲げる。
「ペエヘーンは前にも出てきたな。
確か『家族』だっけ?
クツアは・・・後で調べよ。ヨーッロインが『手を掴む』だから・・・。」
こんな状況でも彼女は研究を続ける。
ゆっくりと華奢な体を起こしキッチンへ。
2つに結んだ薄緑色の長い髪が
ぐしゃぐしゃになってしまっている。
結び直さなければ、と考えながら
お湯を沸かし、
本来ならつまんでそのまま食べられる
干したベリーを取り出す。
それを器に入れお湯で戻し、
潰して口に入れる。
机に戻り、作業を再開させた。
少しずつ。少しずつ。
口に運ぶことも忘れずに。
「クツアは『仲間』か。じゃあ、
『私たち家族は力を・・・合わせた』
とかかな。セ。セってなによ。
どっかにも出てきたわね。
どの文献だったかしら。」
今の体では立ってあちこち行くのは
NGだと判断したキュキュは
座ったまま本棚を見渡す。
すると、
コンコン
玄関のドアをたたく音がした。
外は雨が降り続いている。
風もまだやむ気配がない。
こんな中、人が歩いていたのか?
それともわざわざここに用があったのか・・・?
「・・・悪いんだけど今動けないの。
開いてるから入ってきていいわよ。」
キュキュは引き出しにしまったものを
取り出す。
つばの広い帽子まで被って。
ガチャ・・・
「ごきげんようお嬢さん。申し訳ないのだが少し雨宿りさせてもらいたい。」
濃いグレーの少し汚れたマントを剥ぎながら
顔を見せた男性。
そしてマントと対照的で薄くきれいな
ブルーの目でキュキュを見つめた。
整えられた短髪で
こちらもきれいな銀髪だった。
年齢は40代ぐらいか。
背も高く、キュキュが近づいたら
見上げなければならないだろう。
「・・・いいわよ。でもこんな天気の時に
山を歩くなんて、なめてるの?」
「なめたつもりはなかったんだがな。
私はここが好きなんだ。
少し奥まで行った帰りだったのだが、
降られてしまってな。」
「ここの奥?ずいぶんともの好きなのね。」
「貴女ほどではない。
住む勇気は私にはないからな。」
話しながら、というより
少々の嫌味をお互い交えながら
客人を迎え入れるため、
カップにアツアツのお茶を入れ
適当にとったタオルを客人に渡す。
「そう?考え事がはかどるわ。」
「気遣い感謝する。
さすがは研究熱心だな、
・・・キュキュ・アナリューシ。」
いきなり。
背筋が凍った。
なんだ?目的は?
まさか・・いやそんなはず。
とっさにポケットに手をやる。
だが・・・。
たくさんの疑問がキュキュを責め立てる。
しかし今のところ敵意は感じない。
ならもしかして・・・。けど・・。
__こいつは・・・何を知っている?
キュキュの疑問を
計算通りだと言わんばかりに
客人は落ち着いている。
キュキュは一度机に戻って本に目を落とし、
自身を落ち着かせた。そして
「へぇ、あたしの名前知ってるんだ。
礼儀は知っているのに自分の名前は
名乗れないのかしら?こっちはあんたの名前知らないなんて対等じゃないんじゃない?」
「失礼、私はオリヴェル。
君と話がしたくてここまで来た。」
突然、突風がこの小屋を襲う。
まるでキュキュにしか聞こえないかのように
オリヴェルの言葉をかき消す。
「_______・・・。
キュキュ・アナリューシ。」
キュキュは目を見開く。
想いの中に、ある人物を描きながら。
________お前は間違っていないよ。
ほんっと、気持ち悪い。
キュキュは自らの胃を気遣いながら
少しずつ息を吸って、はく。
「・・・あたしは帰らないわよ。」
オリヴェルは首を振った。
「要件はそこではない。
私の所有物を返してもらいたいのだ。」
オリヴェルは目を細めて机の上を見やる。
キュキュはオリヴェルの視線の先を
確かめた。
キュキュの手元にある1冊の本。
「(これが所有物・・・?じゃあ・・・!)」
キュキュはこの客人と自分の
確かな接点に気づいた。
「これ?今解読中なんだけど。」
「解けたかね?」
「(解読中っつってんじゃないのよ。
嫌味ったらしいわね。)」
キュキュは首を横に振る。
するとオリヴェルはフッと口角をあげ
「君ほどの才能がありながら、か。
やはり難解だな。」
と少し楽しそうだ。
自分はわかっており
キュキュを見て楽しんでるのか、
自分も解けていなくて
解く楽しみを増しているのか。
また違った感情なのか。
変態を家に上げてしまったことを
少し後悔した。
が、恐らく他人から見たら
自分も同類なのだろうと思い
言葉にすることを止める。
「これ規則性なさすぎ。でも
そう簡単に解けたら面白くないわ。」
「うむ。それについては同意だ。」
確定した。
自分も変態なようだ。
とキュキュは自分にショックを受けたが
それ以上に興味を持った。
「あんた何者?」
その疑問は純粋だった。
何故ここにいるのか。
今、何に所属する、何なのか。
どこに興味を置いているのか。
オリヴェルは迷いなく返す。
「その本の所有者だ。」
平行線、か。
これ以上は無駄だと観念した。
「まぁいいわ。はい、
・・・悪かったわね。」
とキュキュはオリヴェルに本を返す。
全てが意のまま。
不快感が残ったがキュキュは
決して言葉にしない。
____何を言っても無駄な人間はいる。
無駄って言うか、無意味なのよね。
きっと。
はぐらかされることをわかっている。
本を受け取り、満足したオリヴェルは
まだ止まぬ嵐の中に行こうと
再びマントを羽織る。
「雨やむまでいたら?風邪ひくわよ?」
「いや、待つわけにはゆかぬ理由がある。」
タオルを丁寧にキュキュのいる机に置き、
玄関に向かうオリヴェルと
帽子を脱ぎながら
もう一度外を見たキュキュ。
研究中は全く気が付かないが
風で窓もガタガタ音を立てている。
そう、研究中だったのだ。
「待って!」
キュキュは慌てて引き留めた。
オリヴェルは振り返らないまま
ドアノブに手をかけ、言葉を待つ。
「その本に出てくる詩の中に
『メペエヘーン[セ]クツアヨーッロイン』
ってあるじゃない。それ
『私たち家族は力を合わせた』
までは解読出来たの。
でも[セ]の意味だけわかんなくて。
それになくても意味は完成するでしょう?」
キュキュは自覚なく焦る。
振り返らずに聞くオリヴェルの背中が
キュキュには恐怖に感じていた。
「正直煮詰まっちゃって・・・。
お願い![セ]の意味だけ教えてくれない?」
この本の持ち主、解読が出来ている方に
キュキュは賭けた。
この人は知っている気がする。
それも月日が経っているのに
この本をわざわざ取りに来たのだから。
「君は自分で解読することがしたいから
ここに住んでいるのではないのか?」
うぐっ・・・と言い淀む。
それでもキュキュにとっては事実。
先ほどの自分の発言を
恨むことはしなかった。
ずるいこの大人げないおじさんに
「そうだけど。
じゃあヒントだけでも!あんたけん」
「それだ。」
「え?」
「では失礼する。」
ガチャ・・・
吹き荒れる風の音が
部屋の奥にいても耳につく。
今、たった今・・・。
自分は何を言われた・・・?
「それって・・。
どれよ?!あたしなんて言ったっけ?!
だぁー!っもう!いいわよ!」
キュキュの言葉が向かうのは玄関方向だが、
机の引き出しから紙の束を取り出す。
「その写しならあるし?!
自分で解決してやるんだから!!」
せっかくの手がかりだったが、
自分に理解できないことに腹が立ち
何に当たっているのかも
彼女は理解していなかったが
『オリヴェルに挑発された』
と、彼女の記憶は留めてしまった___。
今この時より
新たな時代を築くことを信じて。
我ら同胞の思いを信じて。
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