第5話 ◇それぞれの希望◇
グスターヴ王国最北の山・キペリヲ山。
恩恵を受ける膝元の街、レウナ。
グスターヴ三大港町の1つ。
街を大きな川に挟まれ、街の川に近い面では
暮らす人々の分の農作物が実る。
そしてこの街の不安材料にあたる、水災害。
それから守るために比較的川に近い部分に
ベリーの木々が植えられている。
各街にも出荷しており、国内産の9割を
ここで生産している。
レウナのベリーは国内に留まらず、海外へも
自らの街から船で赴くことが出来るので
新鮮なものを届けることが出来、
ファンも多い。
この街のみならず、グスターヴが誇る
レウナベリー。
そして、この街では月に一度300人は軽く
収容出来る中央広場に信者が集まる。
この街の人々が拠り所として崇める者の
『代弁者』の声を聴くために。
少年は広場に向かって走っていた。
家族総出でベリーの世話をしているため、
なかなか自分の時間を作ることが出来ない。
それでも少年は代弁者の演説を聞くためだけに走る。
遠くからすでに声が聞こえる。
だが何を言っているかまではわからない。
もう少し広場に近づかなければ。
歓声が上がった。
「(もう少し早く
終わらせればよかった・・・!)」
何度も後悔したが少年自身は
すでに朝から働いていた。
今はもう12時過ぎ。
もうちょっとで終わっちゃうっ・・・!
はぁ・・・っはぁ・・・
懸命に走りたどり着いたそこには
埋め尽くされるほどの人と、
壇場に立つ憧れの人の姿だった。
「スオミの大地に
その恩恵集まる地に住まいし神プフタウス。我ら
救いの手をもたらしたまえ!
さぁ我ら
さすれば我らに未来永劫
失われぬ光が訪れよう!」
おおおおおぉぉぉぉぉおおおおーーー!!!!
大きな歓声に怯えることなく、
息を切らしていたことも忘れ、
少年は少し高台にある壇場を
キラキラ輝く目で見つめていた。
毎日毎日誰かに言われるでもなく
寝る前に北の山に向かいお祈りをし続けた。
食事の前にも感謝の言葉を忘れなかった。
『皆の心をきっと神は見ていてくださる。
いつでも感謝を忘れてはならない。
我々は神に生かされているのだから。』
少年は信じて生きている。
まだ家族に打ち明けていないが、
いつかこの人のもとで働きたいと。
そう少年は望んでいた。
「(ヨーナ様・・・!かっこいいなぁ。)」
この広場に集まっている人々はみな、
北に
ヨーナ・ヴェイッツィを信じている。
_____アヴァイン・ヴィルカ。
与えられた情報が絡まった糸のようだ。
エミリアたちは1つずつ質問をしていく。
「つまり各街に点在する長、首長を
この首都に連れてきてほしい、と?」
「はい。ここ数年『首長会議・マータルカ』の開催が出来ておりません。
様々な手法を考えたのですが
これと言って対処に至っておりません。」
その答えにレンは少しあきれる。
「何年も話し合いが出来ていない?
よく各街から非難されなかったな。」
「確かにそうだね。
でもいったい何が原因なんですか?」
お茶を出し、エミリアの近くに立ったまま
話を聞くシュウの疑問に
イルマは躊躇を見せた。
だがすぐに語りだす。
「原因は2つ。1つは異獣の集団活動です。
異獣は単独でも行動を得意としている、
というデータがありますが、
近頃人間の住む町の近くまで
拠点を移している、というのが
報告を受けたうえでの推測です。」
その返答にシュウたちは驚かなかった。
このヴィルカにも異獣の討伐依頼は来る。
農作物を荒らされているから
数を減らしてほしい。
海で漁師仲間が襲われたから
しばらく護衛をしてほしい。
家族を殺されたから、仇を取ってほしい。
理由は様々だが、依頼をこなしていくにつれ
異獣たちにも変化があることに
気が付いていた。
だがそれは身内、ヴィルカの人間だけで
共有していただけ。
他の護衛専門のところなども
気付いていたかもしれないが、
街の人たちが不安にならないよう、
ヴィルカでは誰にも言っていなかった。
それを国も把握していた。
当然と言えば当然だが、
気付いていながら何もできなかったのかと、
レンは静かに怒りをこみあげていた。
そんな中、イルマは続ける。
「そしてもう1つ。アヴァインの北にある
タウルの森を拠点にしている野盗です。」
それを聞いたエミリアはもしやと思い、
自らの情報と照らし合わせる。
「噂では組織立っているとか。国も現状を
把握できていないと聞きましたが。」
「その通りです。偵察に行ったものも
容赦なく。お恥ずかしい話、
野盗に寝返ったものもいるとか。」
「そんなものが国を守る兵士か。
聞いてあきれるな。」
レンは怒りが抑えきれず
ひねくれ口をたたく。
そんなレンをシュウがなだめながら
イルマの様子を見る。
直球の意見に怯みはしないが、
それでもイルマは話す。
「返す言葉もありません。
そこで『兵士ではない』このヴィルカに
白羽の矢を立てたというわけです。」
誰もが引っかかる言い方だった。
代表しシュウが質問する。
「兵士ではない?じゃあ野盗に狙われているのは兵士なんですか?」
「ええ。なぜか野盗たちは護衛や傭兵には
聞くほど手を出さないのです。
兵士など騎士団が標的にされている可能性が高い、と判断しました。」
下町にある何でも屋には、
荷が勝ちすぎている話に聞こえる。
シュウだけでない、きっとエミリアも
レンですら感じているだろう。
真剣な表情の中、その荷に抗うかのように
「・・・なるほど。ここなら自分たちのいざという時の戦力を落とさずに済むしな。」
とレンは皮肉を口にして
リンゴに手を伸ばす。
シャクシャクとみずみずしい音で
新鮮味が伝わる。
シュウはそんなレンを見て苦笑いをしながら
(ド直球だなぁ。でも)
「すみません、
僕もレンに同意です。」
とイルマに向かいなおる。
頼りにしていた国が
まさか国民頼りだったとは。
とシュウは残念だ、
という気持ちをぶつけた。
自分たちの気持ちを立場など
気にすることなく
素直にぶつけた若者たちに
イルマは
だがそんな気持ちを表に出すことなく
イルマは申し訳なく思う。
「謝ることはありません。
そう思って当然だと私も考えます。
ですが実際我々に残った戦力もそう多くはない。・・・それに。」
イルマは視線をそらし、考える。
止まったイルマに違和感を感じ、
「どうかしましたか?」
とシュウは問う。
自分に来た問いに反射的に
質問者に目を向ける。
イルマはすぐに笑みを取り戻し、
もう一度本題をぶつける。
「いえ、お気になさらず。
そんなわが身も守れぬような国の頼みを
聞いてはいただけないでしょうか?」
シュウはなんとなく国が抱えている事情を
把握は出来た。
そしてこれがピンチを脱したいという
国の策だということも。
「確かに会議が行われないと
国の方針も留まったままだし。
幸い野盗たちは僕らを
敵だとは思っていないみたいですし、
首長さんたち、連れてきてあげませんか?」
全ての決定は彼女次第。
それでも彼女ならわかっているはずだ。
事の大きさを。
2人の視線と1人の意識は
エミリアに向けられた。
そして応えを迫られたエミリアは
静かに息を吸う。
「お断りします。」
エミリアの凛とした声は
シュウの意見と反していた。
イルマから目をそらさないエミリアに
シュウは問う。
「でも・・ほかに出来る人がいないんですよ?」
続く問いに視線を動かすことなく、
エミリアはまっすぐ、依頼者を見ていた。
「ヴァリッター卿、
もしこの依頼をお受けするとしたら
この2人が行動するでしょう。」
「はい。」
「先ほど『兵士が狙われる可能性が高い』と仰いました。」
「間違いありません。」
「では、『この2人が狙われる可能性』は
どのくらいあるのでしょうか?」
その質問に若者は息をのむ。
そう、国を想うあまり
自分の命を置いて話していた。
エミリアは話し続ける。
「事実一般人ですら
少なからず被害にあっているのに、
この2人が狙われない理由は
どこにありますか?
もし1人でも首長と接触した時点で
野盗のターゲットはこの子たちになると
私は考えます。」
「そんな危ない任務を
2人にやらせるわけにはいきません!」
美しい紫の瞳を微かに震わせながら自らの意志をきっぱりと言い切った。
「(手、震えてる・・・)」
膝の上に乗せられた拳。
いくらエミリアでも
国の宰相を相手にするのは
緊張するのだろう。
いや、緊張で片付けられるものだろうか。
しかも頼みごとをノーと言ったのだ。
ある意味、部下の為に。
エミリアのことだ、きっと今後ヴィルカが
活動をしにくくなったらどうしようとか
考えているのかもしれない。
沈黙の末、なるほど、とイルマはつぶやく。
「最もです。私は国を守るばかりで目の前の若い芽をつぶしてしまう可能性を
考えていませんでした。安易な提案をしてしまい、大変申し訳ありませ」
「待ってください!!」
思わず、声を荒げてしまった。
しかし謝罪を止めたことに成功したシュウは
イルマに向かって堂々と話す。
「エミリアさん、僕なら大丈夫です。この依頼受けさせてください。」
それを聞いたエミリアは慌てて止める。
「ダメよ。何かあってからでは遅いの。」
今度はエミリアに向かって
自分の意志を告げる。
「わかってます。でも誰かがやるべきこと
なんですよね?だったら僕が行きます。
むしろこんな話聞いて誰かにこの依頼を
させちゃダメなんですよ。
その人が危なくなっちゃいます。」
「でもそうしたらシュウくんが危ないの
わかるでしょう?」
なんとか彼を引き留めなければ。
何でも器用にこなす子だが、
それでも危ない橋は渡らせたくない。
この子がいなくなったら悲しむのは
自分だけじゃない。
まっすぐな瞳のままシュウは
「はい、でもエミリアさんが
『かばってくれた』から。
僕のことを心配してくれる人がいるって
だけで頑張れますよ。それだけで
『何かあったらダメだ』って思えます。」
シュウも自分は誰かのために動くのだ、と
意志を貫く。それを見守ってくれる人たちの為に。
エミリアに深々と頭を下げる。
「お願いします。
引き受けさせてください。」
いつの間にか食事を再開させていたレンも
頬張りながら話す。
「エミリア、俺も行くからな。」
パッと振り返ったエミリアは、
どこに何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
「シュウが死なないように見ていてやる人間が必要だろう?俺が見届ける。」
まさかの助け舟と
まさかのついてくる発言には
シュウも驚いたが嬉しくてありがとうと
告げる。
「お前が頼りないからついていくんだぞ。
わかっているのか?」
「あはは、ごめん!お世話になります。」
もぐもぐといっぱい食べ物を
詰め込ませながら喋るレンの頬を
ツンツンとつつきに行くと、
睨まれるわ叩き落とされるわだったが
それでもシュウは本当に嬉しくて笑っていた。
急に訪れた和やかな雰囲気を
呆気にとられるエミリアと。
・・・先ほどと表情を変えていないイルマ。
そこにまたにぎやかな声がうまれる。
「ただいまー!帰ったぞー!!」
「ボス・・・。」
「ボス!おかえりなさい。」
サターの目に1番に飛び込んできたのは
レンが食べるミートボールシチュー。
目を輝かせるが、視線を感じた。
そしてわざとらしく、
「あんたは・・・。
イルマ・ヴァリッターか?」
「はい、初めまして。
ヴィルカボス、サター・アウリンコ殿。」
挨拶をしながら立ち上がる。
サターもまた近づき、サターでいい。
と、この国の重要人物と片手で握手を交わす。
「あんたたちも食えないやつだな。この様子だと俺がいない時を狙ったな。」
「いいえ、たまたまですよ。」
と笑顔を崩さない。
サターもいつも通りの口調だが
何か警戒している様子だ。
「どうだかな。で?」
「首長会議マータルカにおいて、
各街の首長を連れてきてほしいと
お願いをしておりました。」
そのあとは何も言わなかった。
サターはイルマとじっと目を合わせたまま。
何かを感じ取っているようにも見えた。
「いいだろう。」
「ボス!」
「大丈夫だエミリア、それにこいつらは
もう行く気なんだろう?」
サターが2人を見た。が1人いない。
すると階段の上から
「はい!」
と返事をされた。荷物を持っている。
シュウはもう行く気なのか。
とサターは苦笑いをするが、
レンが急いで食べている様子を見ると
シュウだけでなかったことを察する。
「ったく2人とも、今日は依頼が少なかったから元気が有り余ってるらしい。
頼もしいじゃないか。なら俺たちは安心して行けるように見送ってやればいい。」
エミリアはこの展開に
ついていけていないのは自分だけだ
と悟ると、諦めの感情が浮いて出てきた。
それを見たイルマは
「サターさんありがとうございます。
エミリアさんも大事な人材お借り致します。」
まだ諦めきれたわけではないが
サターが引き受けてしまったのだから
引き下がるしかない、
と思いながらお辞儀を返す。
そんな中、武器の確認と
荷物の整理をしているシュウが
「そういえば、首長ってどこにいるんですか?」
と尋ねる。
この街から出たことがないシュウは
詳しくない他の街について聞くことにした。
そんなシュウにイルマが丁寧に答える。
「現在、首長は国王を除き4名。
ナーンタリ、ウツヨキ、
タウル、そしてレウナ。
この4都市にいらっしゃいます。
まずはここから西にあるナーンタリに
向かうのがよろしいでしょう。」
と目指すべき場所と地図をくれた。
グスターヴ王国は湖沼や川に
国土の7割ほどを占められている。
だが、アヴァインからナーンタリまでには
大きな川や湖はなく、
比較的楽に行けそうだ。
サターが言うには
『街道沿いに進めば見えてくるはず』
だそうだ。
「ナーンタリには私の部下がおります。
伝令を出しておくので落ち合ってください。それからナーンタリとレウナには
港がありますので海路を使うのが
良いでしょう。」
アヴァインの港には私が手配しておきます。と考慮してくれた。
「わかりました。まずはナーンタリですね。
じゃあ市場で買い物をして
準備が出来たら出発しよう!」
「ああ。」
「2人とも。」
気合が乗ったところで
エミリアに声をかけられた。
「気を付けて。
出来るところでサポートします。」
胸の前で手を祈るような形にするエミリアを見て、ある用事を頼む。
「ご心配おかけします。レンのことは任せてください!
そうだ、薬屋にうち宛に届いている薬を
家に届けてほしいんですが
お願い出来ますか?」
「サラさんのお薬ね、わかったわ。
ヘルミさんにはきちんと
事情を説明しておくから。」
お願いします。とお辞儀をする。
シュウは服の中にいれた首飾りを
服の上から握りしめた。
シュウたちの会話を聞きながら
支度を終えたレン。
「逆だろ。ったく。ボス行ってくる。」
「おう。暴れてこい。」
まるで子供の成長を
楽しんでいる親のようだ。
だがやはり真剣みが足りないのか、
「暴れに行くのではないのですよ。
対象を傷つけることなく移動しなければ
ならないんですから。
いつもよりも十分気を付けて。」
それでもにこやかに言ってくれた。
「いってらっしゃい。」
「はい!行ってきます!」
「ドンといってこい。」
2人の家族に背中を押され、シュウはドアを開けた。
これから先何が起ころうと
初めての街の外の。
しかも国の行く末を左右するような
重要な依頼。
必ず完遂してみせるっ!!
青年が心に強く意思を固めた背中で
ドアがひとりでに閉まろうとする。
その隙間から見える建物の中で、
サターとレンが静かに話をしていることを
彼は気付いていただろうか。
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