第4話 ◇何でも屋ヴィルカとお忍び訪問◇
「ただいま戻りましたー。」
識宝館で依頼を達成したシュウは
ヴィルカに戻ってきた。
今朝ここを出たときにサターが座っていた
椅子に赤髪の少年が座っていた。
カウンターにサーベルがかかっている。
シュウはサターが話していたことを思い出した。
__朝から出てたんだっけ。
と自分より早くから
仕事をしていた少年に声をかける。
「レン、おかえり。朝からお疲れ様。」
レンは声をかけられた方を振り返ることなく
シュウに横顔を向けたまま、
「・・・あぁ。」
とそっけなく返す。
手元には今朝の新聞がある。
だが、返事を返してくれたということは
そこまで気になる情報があったわけではないようだ、とシュウは思い
「そうだレン、今日仕事帰りに・・・これ。もらったんだ。一緒に食べない?
僕剥くから。」
レンはシュウの持っているものを
チラッと見ると、
「・・・あぁ。」
と答える。レンの「あぁ」だけでシュウは
大体のことはわかるようになってきた。
これも3年という長い年月の賜物だ。
と美味しそうな香りが充満するキッチンに
向かいながら思う。
そこにいたピンク色でフリフリのエプロンをつけたエミリアにシュウは「戻りました」と伝え、作業をするエミリアの横から
鍋の中をのぞく。
トマトソースのいい香りだ。
「ああ、シュウくん。おかえりなさい。
大丈夫だった?」
「はい、無事識宝館に荷物を届けました。
ただあの本はランシ館のものだったみたいです。」
と報告をした。
エミリアは鍋をかき回しながら、
そうだったの。とつぶやく。
「とにかく依頼は達成ね。ご苦労様。
これレンくんに作ったのだけど、
シュウくんも食べる?」
とエミリア特製ミートボールシチューをよそいながら聞かれる。
たまねぎ、にんじん、セロリ、ニンニクをベースにトマトソースで煮込み、
少量のデミグラスソース、塩コショウで味を調え、香りにローリエを入れる。
そしてとっておきは挽き肉にスパイスとセロリの葉を混ぜ込み、小麦粉とパン粉でつないだミートボールが入っている。
大きめに作ってあり、食べ応えがあってパンとも相性抜群の一品なのだ。
シュウはここからでも見える玄関の時計を
見て「もうこんなに経っていたのか」
と気付き、
「食べます!」
と勢いよく言うと、
エミリアはクスリと笑って
「わかった。すぐよそうね。」
と言ってくれた。
シュウはその間に思案しながら
リンゴを剥く。
9時ごろここを出たシュウ。
帰ってきたら12時前だった。
さっきも思ったがそんなに識宝館にいたのかと改めて考えていた。
ここからランシ館までが30分くらいだから、と計算をしたら妥当だろうか、
と案外早く答えが出て、エミリアにもわからないぐらいにふふっと笑ってしまった。
「(そりゃレンもお腹空くよね)」
とまた考える。ふと先ほど思った3年という単語が引っかかり、
シュウは少しだけこのヴィルカを振り返っていた。
__エミリアさん。
ここヴィルカの顔・・・って言ったらホントにやめて。って真顔で言われたっけ。
受付や依頼の分担など、主に事務を担当してくれている。
よく街の人がここに用もなく来るんだけど、エミリアさんが話し相手になってくれているんだ。
僕も依頼がないときは話をするんだけど、
エミリアさん、「情報はいくらでも転がっているの」って言ってペンと紙はいつでも持ち歩いててすごいなって思ってる。
それでも話をする人に嫌な顔をさせずに気持ちよく話させる彼女は、とても聞き上手だ。質問をしたり、その人のその時の感情まで察していく。
お帰りになるときは100人中100人がまた聞いてくれって笑顔で帰っていくんだ。
そうそう、この街には『エミリアファンクラブ』がある。時々その人たちが来るんだ。
エミリアさんを観に。
ずーっとカウンターでお茶飲みながら
決してヴィルカの人間の邪魔にならないで
眺めてるだけ。
「鬱陶しいから」って依頼を出すとき以外
出入り禁止になったけど。
僕も入らないかって熱烈に勧誘されたっけ。
・・・本当は入りたかったんだけど、
一緒の職場だし気まずくなりたくなかった
から丁重にお断りしておいた。
この街屈指の美人、だと思う。
綺麗でしぐさなんかもいちいち美しい。
僕は髪を耳に掛ける瞬間が好き。
・・・・見てるのバレてないかな。
そしてボス。サターさん。
3年前、僕が16の時に
ここで働かせてくださいって
言いに来たときは、恐かった。
殴られるんじゃないかと思った。
でもすぐに恐い顔をくしゃくしゃにして、
歓迎してくれた。
すごく、すごく喜んでくれた。
嬉しかったなぁ。
ボスはここを引き継いで2代目。
前のボスがどんな人だったかは
ボスしか知らないんだけど、
「この人なら俺はどこまでだって
ついていきたい、って思わせる人だった。」
って言ってた。
すごく切ない表情だったから
それ以上は聞けなかった。
ボスはこの街のいろんな人に慕われている。
市場に行けばすれ違う人みんなが
ボスに声をかける。
市場から抜けるとボスの両手には
食べ物がいっぱいあったりするんだ。
「お前もじき馴染めるはずだ」
って笑ってたっけ。
その豪快さと懐の深さが愛されるところなのかなって思う。
ボスは力仕事が得意。
農業、工業関係のお仕事から
引っ越しのお手伝いとか。
街から街への護衛を務めたりもする。
あとはとにかく強い。
異獣や野犬が出ても
臆せず立ち向かって退けさせる。
「拳さえあればなんとかなる」
と言って日々鍛えているんだ。
僕やレンも一緒に特訓させてもらうんだけど、ついていくのが精いっぱい。
まだまだボスには届かない。
でもいつかボスに一勝したいな。
そして、赤髪の少年レン。
レンについてはあんまり知らないんだ。
彼は僕が来る前からヴィルカにいる。
いつからいるのかは僕は聞いていないんだ。
話したくないんだって。レンがそういうんだから無理に聞くのは僕もしない。
何か事情があると思うから。
・・・ボスは知っている、のかな?
今は17歳。僕より2つ年下。
仕事がとっても早いんだ。負けてられない
って思うからいつも頑張るんだけど、
やっぱりレンには勝てなくて。
まだまだだって言われるんだ。
悔しいけどその通りだから、
これからもっともっと訓練して、
いろんなことを知っていって。
いつか隣に立てたらいいなって思う。
これが何でも屋ヴィルカ。
たった4人だけだけど4人でまわるように
エミリアさんが分担してくれている。
彼女が居なければ僕らは仕事を
ちゃんと出来ていたかわからない。
というより無理だと思う。想像したくない。
僕の2つ目の家。
大好きな人たち。街の人たち。
そこに降りかかる火の粉は振り払いたい。
特に・・・。
そしてシュウは自分の意志と平和な街に
そぐわない顔をして
まだ見たことのないこの国へと想いを馳せた。
__この国は平和だ。ある変化とともに。
この事柄に詳しいものは国に何人いるだろう。
激しい内乱の末、
グスターヴ王国が誕生した。
戦争が終わり、人々に安らげる時間が。
王都も西から王国最南端に移動し、
そして新たに手を取り合い国がつくられていくはずだった。
だが、時期を同じくして争いの種が芽吹く。
これまで国では多くの生物が暮らしていた。
人のみならず、犬や猫とも仲良く暮らし、
山や森に行けば獣も現れる。
新鮮な魚介が採れる海。
突然変異をもたらした生物、
漁師は巨大タコに襲われ命を落とし、
山の猟師からは鹿が凶暴になって近くの村を壊滅させた。
のちの学者によって凶暴化した生物を
異獣になる生物は人間から
離れた場所で住んでいる場合が多く、
幸いにも人間が異獣になるデータはないようだ。
それから国は騎士団を作り、
各街や村に駐在所や腕の立つ人を置き
人々を守った。
だが異獣になる原因が未だわかっていない。
学者たちも必死になって追い求めており、
研究が続けられている。
__・・・ゅうく・・。シュウ・・。
「シュウくん?大丈夫?」
ハッとしてシュウは振り返る。
カウンターに戻ろうとするエミリアが
心配そうに立っていた。
手にはレンとシュウの分のシチューがある。
「顔色悪いね、体調悪い?」
「だ、大丈夫です!
ちょっと考え事してて・・・。」
と包丁を握りなおすと、
自分でびっくりする。
「可愛いね、ウサギ。」
「あ、あははは・・。」
出来上がっていた。
しかもいつも姉さんにせがまれてやるみたいにウサギ型にしていたらしい。
「(レンにこれ出すのかぁ)」
絶対バカにされると思ったシュウは
皮を切り落とそうかと迷ったが、
リンゴをもらった時のことを思い出して
そのまま出すことにした。
その時、ガラス戸の向こうに影が見える。
チリリーン
入ってきた紳士は初めて見る人だった。
シュウは慌ててシチューを食べるレンの前にリンゴを持っていき、
「こんにちは!ヴィルカへようこそ!」
と笑顔で迎え入れる。
とても姿勢のいい紳士だ。
だが何故か一緒に来た人がいるのに
その人達は入ってこなかった。
ドアの向こうにまだ影が見えているのに。
その紳士は白いシャツに
赤いアスコットタイを緩く締め、
茶色いスーツを着こなす痩せ型。
白髪交じりの茶髪がきれいに整えられており、シュウは畏縮した。
そんなシュウをにこにこと微笑みながら見て、辺りを見る。
そして丁寧にお辞儀をして
「お邪魔します。」
と挨拶をする。
シュウも続けてお辞儀をした。
「えっと、ご用件はなんでしょうか?」
「あら?あなたは」
エミリアが気付く。この人物が何者か。
「人違いでしたら申し訳ありません。
イルマ・ヴァリッター様で
お間違いないでしょうか?」
「イルマ・・・『様』?」
「はい、間違いありません。」
エミリアは基本的に丁寧な言葉づかいで
話す。だが、何か。
何かいつもと違う気がした。
そしてイルマは顔を崩すことなく
質問に答える。
レンはリンゴを食べる手を止め、
玄関に顔を向ける。
誰のことかわかっていないのはシュウだけ。おどおどしたシュウを見かねて
しっかり舌打ちをしてから
「国王の懐刀だ。」
と教えた。シュウが驚く間もなく
レンは浮かんだ疑問を吐き出す。
「しかし、なぜこんなところに。」
「王宮の人?」
ようやくシュウは追いつく。そのやり取りを静かに見ていた紳士はまた口を開く。
「お初にお目にかかります。
イルマ・ヴァリッターと申します。
グスターヴ王国宰相を務めさせていただいております。」
それは主に栗毛の青年に向かって話し、
改めて深々とお辞儀された。
それに気づいた自分も
「は、初めまして!シュウ・パヴァーサです!よろしくお願いします!」
と自己紹介をしていた。ピクッと眉が動き、顔が引きつった。
「パ、ヴァーサ・・・?」
「え?あ、はい・・」
ファミリーネームに疑問を持たれることはなかったので
シュウは気のない返事をしてしまった。
「あ、いえ、失礼しました。
貴方がシュウさんですね。お会いできて光栄です。」
イルマは気にしていない様子に戻り
青年に一声かけた。
その横からエミリアが顔を出す。
シュウには少し、
ほんの少し焦っているように見える。
「失礼しましたヴァリッター卿。
本日はヴィルカボス、サター・アウリンコはこちらにはおりません。」
「存じております。」
間髪入れない返答にエミリアは目を見開く。何故サターがいないことを・・・?
それとも・・・。
エミリアは声を止めてしまった。
それを見たイルマは笑顔で続ける。
「こちらで依頼を出すときは貴女を通すのが必至、と聞きましたので直接伺いました。
エミリア・ヒュミュラカウス嬢。」
さらなる違和感を覚えた。
エミリアは目を配る。
「依頼ですが、内容次第ではお受けするか
否か検討する場合があります。」
「・・え?」
「お断りする場合もございますが
よろしいですか?」
シュウの驚きに言葉を切らず
エミリアは続けた。
イルマもまっすぐエミリアの瞳を
見続けていた。
「はい、構いません。」
シュウは彼女がそんなことを口にするとは
思っていなかった。
依頼者から仕事をもらってから
内容を聞き終わるまで、
何度も一緒にいたことがある。
そもそも断るエミリアすら見たことがない。
そんなことを知ってか知らずか、
イルマは迷うことなくイエスと答えた。
シュウがエミリアに向かう前に
イルマはもう一度口を開く。
「ご心配痛み入ります。ですが、
『国の重鎮がわざわざ下町の便利屋に仕事を寄越そうというのだから、
危険な仕事かもしれない。』
と彼女は貴方たちを案じているのですよ。」
そして黙っていたレンもシュウに向かって
話す。
「奴は見越してやっているんだ。
まずは話を聞くのが妥当だろう。
それに見越しているのなら俺たちが
引き受けることも奴はわかっている。
出来ないことじゃないだろう。」
「ええ、貴方たちならきっと
やり遂げてくれると信じております、
レン・クーユオさん。
このヴィルカの評判は街の皆さんが
たくさん教えてくれました。
そんな貴方たちだからこそ力を貸してくれると思い、参上した次第でございます。」
わかっている。わかられている。
言葉を素直に受け取ったシュウの傍ら、レンは舌打ちで応える。
秒針の音が大きく聞こえ時間が早く過ぎるよう。
冷えたシチューは自らの中に
香りを閉じ込めてしまった。
香るのはこの紳士から漂う、
高貴な香りだけ。
だがシュウはこの香りに違和感を覚える。
決して嫌な匂いではないはずなのに。
顔色を決して変えないイルマに
ようやく一歩を踏み出す。
それはエミリアだった。
「わかりました。こちらでお話を伺います。どうぞ。」
とレンのいるカウンターではなく
お互い座って話ができる対面ソファの奥に
誘導する。
諦めたレンはその場を動かず食べることを
再開する。
キッチンに戻ろうとしたエミリアをシュウは止めて、
「僕お茶出します!」
と一番パニックを起こしていると
アピールする。エミリアはほんの少しだけ
口角を上げお願いね。と言って
進行方向を180度変更した。
大人びていて、周りも見えて
それでもあどけなさ残る後ろ姿の少年。
メガネの奥に見える優しくも
熱い瞳が美しい、目の前に座る女性。
食器棚で客人用カップを選びながらも
こちらを気にしていることがわかる青年。
一通り観察を終え、
満足したイルマは改めて依頼を話す。
空気が…変わった。
「実は、マータルカを開きたいのです。」
__12時を知らせる鐘が街に鳴り響く。
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