第3話 ◇心に寄り添う大樹◇
樹に寄りかかりながら本を読むとある少年に、街の人々が本棚をプレゼントした。
「少しでも自分の知らないことを知ることが出来る。」と少年は本が大好きだった。
だが、ある日少年は死んでしまう。
当時も、そして今も不治の病とされている病気に命を食い尽くされてしまった。
街の人々はこの場所に本をたくさん置いて
彼の死を哀れんだ。
そうしてこの識宝館は出来ている。
まだまだ本が増えていくとともに、真ん中にどっしり構えるこの大樹も成長している。
成長が妨げられないよう透明なガラスで大樹を囲み、真上から見たらドーナツ型をした
識宝館。
過去から増築されていて現在、ルーザと呼ばれるその大樹は2階建ての識宝館を超え、
屋上のさらに上から顔を出している。
「(いつも思うけど、
やっぱり大きいなぁ。)」
シュウは本に集中できるようにするため
あまり明るくない、
少しホコリが舞った1階を歩く。
照明は適度に落とされ、
中心部からほんの少しだけのぞく太陽光が
暖かい。入り口からまっすぐ歩き正面の
作業をする褐色肌を持ち亜麻色の髪を顔周りまで短くした女性に声をかける。
「すみません、本を返しに来ました。」
集中していた女性エリは、顔を上げシュウを見るとふっと顔を崩しいつもの顔を見せる。
「いらっしゃい、パヴァーサさん。」
「これ、姉さんが借りてた本です。
っとこっちは仕事で届けに来ました。」
「ありがとう。確認するね。こっちは?」
と依頼で受け取った本らしきものも渡す。
「こっちも本だと思うんですけど、すみません、中身確認してないんです。」
困惑したエリにエミリアも大丈夫だろうと
言っていたことを告げる。
なら、とエリは
「そっか。わかった。うち宛だもんね。見てみようか。」
と包みを開く。
するとエリは大きく目を見開く。
シュウの目には何が書いてあるのか読めなかったが、エリはそんなシュウに構うことなく
「これ!誰が?!」
とこの場所らしからぬ声を上げる。
ハッと冷静になったエリは咳払いをして落ち着き席に着く。シュウも驚いたが
つい、さっきより静かに話す。
「エミリアさんなら何か知っているかもしれませんが、ごめんなさい。
僕は何も聞いていないんです。」
と正直に話す。
エリはうーんと悩み電話を取る。
「ちょっと待ってて。・・・もしもし?
お兄ちゃん?エリだけど、そっちで見てもらいたいものがあるの。・・・うん。うん。
わかった。じゃあ・・・」
と目が合う。エリは受話器を抑えシュウに
「悪いんだけど、ランシ館に持って行ってくれないかしら?」
と頼む。シュウは彼女が急を要しているように見えたので
「いいですよ。」
と答える。エリはありがとうとシュウに言うと、今度は電話に向かって
「お兄ちゃん?今から届けるから。うん。
よろしくね。」
と電話を終える。
改めてシュウに向かいごめんねと言いながら紙袋をもう一度シュウのもとに返す。
気にしないでくださいと袋を受け取り、入口に引き返した。
西にのびるランシ通り。通称貴族街通り。
通りの南側にはお金持ちの住まう
家々が建ち並ぶ。
また、王城に務めるお役人様たちの敷地も
ここにある。建ち並ぶ店はそこで買い物を
する人間を選ぶような気色を放つ。
これだけで一般的な『市民』と呼ばれるものはあまり近づかない通りだ。
そしてシュウが向かうランシ通りの
北側にある識宝館。歴史をたどれば
北館より浅いが、重要資材が集められるのはこの西館だ。
だが、一般市民でもここに来る人はあまり、いやほぼいないだろう。
ここに来るのは国内でも最高峰を誇る
王立研究所の人間か、学者と呼ばれる人くらいだ。
「(ううぅ。緊張するなぁ。)」
ランシ通りを歩くことは時々ある。
貴族の方から依頼を出される時もあり、
その時はここを歩いて赴いていた。
何人か知り合いになった貴族の方もいる。
だが、用のあることがないだろうランシ館を前にすると、自分が入っていいのかと
いたたまれない気持ちになった。
しかし、ここでこまねいていても仕方がないので扉を開け中に入る。すると、
「こんにちは、ご用件は?」
と制帽をかぶり、制服に黒いネクタイを締めたここの警備員さんと思われる人に
声をかけられた。後ろには鉄格子があった。よほど厳重なのだろう。シュウは落ち着いて本を届けに来た旨を伝えると、
「ああ、さっき連絡を受けました。ですが
念のためチェックはさせていただきます。」
と腕を肩の高さまで上げられる。
どうやら身体チェックを受けるようだ。
シュウは落ち着いて検査を受ける。
「はい、大丈夫です。ここに入場記録を書いてからお入りください。」
とOKが出て、そして丁寧に説明してくれた。やはりここに来るのは学者ばかりだから
シュウが初めてだと察して説明してくれたのだろうと思いありがとうございますと
会釈して鉄格子の中に入る。
こちらが2号館ともあり造りがそっくりだ。違うとすれば、ここは1階建て。
そして
北館のようになっていくのだと思うと
楽しみが増えたようでうれしく思う。
「(姉さんにも見せたいな。)」
姉のワクワクに溢れた顔を想像しながら
歩くとすぐカウンターに着き、
仕事に来たと思い出したシュウは
すみません、と声をかける。
するとカウンターにいた
亜麻色の優しい色とは違い、
サイドは刈り上げられ短く切った髪型が
目つきを一層鋭くさせてしまっている男性が、読んでいた本から目を離し顔を上げた。低く響く声だが、
崩した言い方で声をかけられる。
「・・・おう。パヴァーサさん。そんで、荷物ってのは?」
彼は北館のエリの兄、ヴァリさん。
エリと双子のお兄さんだ。
基本的に北館がエリ、西館がヴァリ。
時々北館と西館の担当を交換するので、
会うこともある。だがエリが言うには
「お兄ちゃんは愛想がないし、目つきなんて最悪だから老若男女問わず人が来る北館は
任せたくない。」とのことで西館の管理を
ヴァリがしているらしい。
だから、今のは睨まれたんじゃない。
ただ、こちらを見ただけなのだ。
「これです。」
と目的の紙袋を渡す。人にはガサツだが
本を扱う手つきはきっと誰でもわかる、
この人がどんなに本を愛しているか。
「これは・・・。確かにここのもんだ。
依頼主は確かわかんねぇっつってたな。」
「そうなんです。こちらの貸し出し記録は
残ってないんですか?」
「残ってはいるんだが、こいつは別だ。」
と、少し神妙な目つき、
と言ってもあんまり変わらないが。
それでも考えを巡らせていることはわかる。シュウは黙ってヴァリを見ていると、
「ああ、すまねぇ。
こいつは3ヵ月くらい前に紛失したんだ。
紛失っつっても俺もエリも覚えがなくてな。盗まれたのかもしれねぇとも考えてはいたんだ。」
と説明を受ける。
シュウはつい好奇心が動かされ
「この本はどんな本なんですか?」
と聞いてしまった。聞いた後に睨まれると
思ったのだが、ヴァリは目を大きく開け
質問に、それでいてシュウにもわかりやすく答えてくれた。
「これは、神話なんだ。
『ひとの願いを聞き容れしもの。
其のもの騙るは願わくば叶う。
欺かれてはならない。
いけにえなくして得るものはない。
願ってはならない。
思案に暮れる暇もなく自らが餌食になりえない。
ひとよ、よわくあれ。ひらいてはならない。ひとよ、つよくあれ。矛盾とともに。
大いなる自然とともに。』
詩っていうより警告文みたいなんだがな。
この本は代々王家にあったんだ。
現国王がこっちの識宝館を造るときに
寄付なすったんだ。」
珍しく長々喋っちまったと頭を掻きながら
視線を外される。本のことになると夢中に
なるのだろう。しかしなぜその本が
行方知れずとなり今戻ってきたのか。
また同じことがあれば大変だから
解決できないかと今度はシュウが考えこむ。それに気づいたのかヴァリが
もう一度口を開ける。
「あんたが気にすることはねぇよ。俺の予想だが、学者の仕業じゃねぇかと思ってる。」
「え、そうなんですか?じゃあ対策も」
「いや、いい。
こいつは落丁もなくきれいな状態のままだ。たぶん余程知りたいことがあったんだろ。
こっちとしては、ボロボロになって帰ってきたら何としてもそいつを探し出して
ぶん殴りに行くが、そうじゃねぇ。
ここの本はほとんどが学者や研究者っつう『変わり者』を相手にしてんだ。
変わった貸し出し方をされて、
変わった返し方をされただけだ。
本は何も変わっちゃいない。
しいて言うなら一方的なのがムカつくぐらいだな。」
張り紙ぐらいはしとく。
と言って眉間にしわは寄っているが特に気にしていない様子だった。
ヴァリがそういうならとシュウは引き下がる。
「そうですか。でも何かあったらいつでも言ってくださいね。すぐ来ますから。」
「ああ、恩に着る。悪かったな。」
と不器用な感謝をもらう。
そのままシュウは踵を返し入り口に向かう。
ヴァリは今話した内容とは違う
用事を思いつき、
「めんどくせぇ・・・。」
と大きくため息をし、
今来た仕事に取り掛かる。
識宝館を出たシュウは晴れ晴れとした太陽を見て、大きく伸びをして思いっきり
脱力する。
「んーーーー!はぁ、
とりあえずこれで依頼完了かな。
ふふ、なんかおつかいみたいだったなー。」
久々に太陽を目にした感じだ。
気が抜けてふらふらと歩きだす。すると
ドンッ
と人にぶつかる。キャッと高い声が聞こえ
女性だと認識するが遅かった。
女性が抱え持っていた茶色の紙袋が
ひっくり返っている。
しまったと思ったシュウはすぐに袋を持ち上げるが中に入っていた果物が
辺りに転がってしまう。それでも集められる範囲だったので謝りながら集めだす。
「す、すみません。ぼーっとしてて。」
女性も膝をつき果物拾う。
「いえ、こちらこそ前を見て歩いていなくて。ごめんなさい、けがはなかった?」
「僕はなんともないです。そちらは?」
と顔を上げたシュウ。まっすぐのびる赤ワインのような色をした綺麗な髪が目に映る。イヤリングがキラリと光った。
右手には今落とした赤リンゴを手にしていた。シュウはハッとし残り2つをさっと
取り、立ち上がる。
「私も大丈夫。集めてくれてありがとう。」
「いえ、僕が悪いので。
それより弁償します。」
「いいのよ洗って皮をむけば食べられるわ。よろしければこれ。」
と女性は袋から青リンゴを取り出し
差し出す。
「どうぞ。落ちていないから洗えば
皮がついていても食べられるわね。」
と少し冗談を混ぜ黄色の瞳を細めて笑う。
シュウがぼーっとしたままそれを受け取ると女性は続ける。
「あ、私少し急いでいるの。
ごめんなさいね。それじゃ。」
「あ・・・。」
と女性は去ってしまった。
シュウはまた少し呆けて、
「お礼言えなかった。」
と青リンゴを見つめ、
とりあえずヴィルカに戻ることを選択する。
____この時のシュウは
おねえさんにプレゼントをもらえた嬉しさを存分にかみしめており、
識宝館の屋上から
誰かが見ていることに
気づくことはなかった。_____
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