◆依頼◆

第2話 ◇仕事場はこの街◇


アヴァイン、北東コイッリネン通り。


商店が並ぶこの通り。

辺りの店は慌ただしく開店準備を進めている。




そんな中、不透明なガラス細工が

4ヶ所ある玄関ドア。

1時間ほど前に鳴ったっきりのドアに

取り付けられたベル。


明るい木目調の優しい雰囲気。

角の取れたアイランドカウンターがあり、

壁はなくフロアにベリー系の紅茶の匂いが

吹き抜けを通り越して部屋中に溢れる。



紺色で軽いくせ毛の長い髪をさらりと耳にかけ、メガネが曇らないようにふぅふぅと

冷ましながらゆっくり口に運ぶ。


外は5月のメーデー終わり。

太陽が高く昇れば日中は暖かいが、

朝晩はまだ冷え込みがある。

温かいものも飲めて、しっかり目を覚まさせることが出来る。



「あと5分。」


玄関の左隣に設置した時計を見て始業時間を確認する。

まだこない彼らへの仕事を渡すため、準備は済ませてある。




ガチャン!

チリリィン




「お、おはようございます!」

「おはよう。珍しくギリギリね、シュウくん。」




息を整えながら、挨拶をしてくれた彼女に返事をする。



「はぁっはぁ・・。遠回りしたら迷っちゃって。」


落ち着いたところで時計を見る。

3分前だ。危ないところだった。


「すみません、エミリアさん。」


エミリアはこの街は複雑だから、

と話しながらカウンターから離れカップを用意する。



「走ってきて喉乾いたでしょう。

お茶を淹れるから支度しておいで。

今日は装備は持たなくていいわ。」

「すみません、ありがとうございます。

そういえば今日依頼少ないんですよね?」


2階に行きながら今日の確認をする。



「ええ、今日はボスがとっても大事な日だから受託量を減らしたの。

といってもここに来るのは常連さんばかりだから今日を避けて依頼を出してくれたわ。」


気に病まなくて平気よ、と一言付けシュウを安心させる。

更衣室のドアを開けたまま身支度を済ませた、と言っても荷物を軽くして武器もとらないままもう一度カウンターに向かう。

紙袋だけを持って。



「そうなんですね。よかった。じゃあボスはもう出かけられたんですね?」




シュウのその一言にエミリアの動きが止まる。





「いいえ。」




一瞬、殺気にも似た気配を漂わせて。





__あ。






そこへ






ガチャン!




と勢いよくドアが開きベルの音が鳴り響く。

腹の底に響く声とともに。




「おはよう!今日もいいてんk・・」

「間に合ってません、ボス。

24分の遅刻です。今週3回目です。

急いで支度をしてください。

・・・おはようございます。」



早口に、見下すように、そして冷ややかに。



笑ってない。



なんとかこの空間をこれ以上引きつらせないようにしようと、笑う。

だが引きつる。


そんな心もとない笑顔でも敵意でないことを知るボスと呼ばれた男は、

大柄な体格のわりに、まるで捨てられた子犬のようにシュウに助けを求める。

くるくると癖がかった長い髪を後ろで1つに結んでいる。その頭に耳がはえている・・・ような気がした。



「あはははは・・・。おはようございます。ボス、今日も間に合いませんでしたね。」


優しい言葉をかけられた子犬のような大型犬サターは、飼い主によしよしされて甘えられると確信したのか味方をつけたいがために

オレンジ色の目をウルウルさせて言葉を続ける。



「百歩譲って間に合わなかった日はいいよ?!冷たくされても!

でもこの前間に合ったのにさぁ!」





____3日前。




「おはよう!今日はまにあ・・」

「今日はアヴァイン農業代表のクーマ様が

9時にお見えになられます。

そのままボスは農業関係者の方々のお仕事を手伝ってきていただきます。

その後のスケジュールはそのあとお伝えします。・・・おはようございます。」




そして今日。


サターの中で少しずれた何かが爆発した。

涙を滲ませながら。




「俺エミリアに嫌われてるのかなぁ?!

なんで挨拶が後なのかなぁ?!

事務的っていうか、なんかすっごい嫌味に聞こえない?!わざとかなぁ?!」



ねぇ~シュウぅ・・・!と泣きつかれながら答えを寄越せと言わんばかりに肩をゆする

大型犬に、本音をぶつける。



「お、落ち着いてください!エミリアさんはボスのこと嫌ってなんかいませんよ!

大丈夫です!」



___それ以上の言葉が見つからない。

困りながらあやしていると、助け船が来た。リンゴの甘い香りと。



「遅刻してきたうえにシュウくんを困らせないでください。はいどうぞ。」



大型犬はまたしてもシュンとなってしまったが、エミリアから渡される紅茶が

受け取りやすくなった。

ミルク紅茶。リンゴの紅茶に

少しのバニラミルクとはちみつを混ぜたものだ。


「ありがとうございます!いい香り。いただきます。」


こくんと喉を鳴らした後に気付く。

1つは自分が思っていた以上に喉が渇いていたこと。この紅茶がどのくらい熱いのか

わからないまま口を付けていた。

もう1つは・・・

とシュウはエミリアに顔を向ける。

サターにお説教を続ける背中を見て

微笑ましく思いながら心で感謝を告げた。

すると大きな背中を丸めて叱られている側とバチっと目が合う。



「いいなぁ。俺も喉乾いたなぁ。あ、お茶じゃなくてコーヒーがいいなぁ?」



と今は自分よりも上にいる人物にさりげなく我を見せる。

エミリアはパタリと説教を止め・・・

というより次に自分が出したい言葉の為に

息を止めた。紫の瞳が怪しくそして鋭く光る。あ、さっきの目だ。



「自分で淹れてください。

それよりも、支度は済んでいるのですか?」

「ひどい!・・・ちぇ、支度しますか。」



急に雰囲気が変わった。例えるなら、

『子供のいる家庭の旦那さん』のような。

この変わりようを見るのもだいぶ慣れてきたな。最初はどっちが本当のボスかわからなかったけど、今はもうはっきりわかる。

さしずめ奥さんは、と食器棚の方を見るとちょうどそちらから声がかかる。


「今日のシュウくんの依頼なんだけど、

そこに袋が置いてあるでしょう?

それを識宝館に届けてほしいの。」

「識宝館・・・。じゃあ本ですか?」


カウンターにある紙袋をとりエミリアに視線で確認を取り、中の白い包装紙で包まれたものに疑問形で返す。


「ええ、本だということは依頼主に確認済みよ。ただ実際に見たわけではないの。

怪しいとは思ったのだけど触った限り本には間違いなさそうという点と、

重要な本なので開けないでほしいと言われたわ。その依頼自体は怪しいものではないし

どうしてもと言われたので引き受けたの。

行ってきてくれるかしら?」


カウンターに戻ってきたエミリアは

少しだけ警戒心を持っていたが、

断り切れなかったのだろうと察し、


「わかりました。僕も識宝館に用があったので一緒に返してきちゃいますね。」

「もしかしてサラさん?」

「はい。すごく難しそうな本だったんですがなんだか夢中みたいで。

『シュウにはわからないと思うわ』って

言われちゃいました。」


つい気恥ずかしくなって照れてしまう。

でも僕が読めそうにない本を姉さんが読んでいるのは事実だ。少し誇らしく思える。


「サラさん、元気そうでよかったわ。

今度また会いに行こうかしら。」

「ぜひ!!」


とちょっと食い気味に言って

つい顔が近くなりまた照れる。


「姉さん喜びます。本当に。」


と事実だと告げる。

今僕はどんな顔をしているのだろう。

エミリアさんが時々姉さんと

同じような表情をするときがある。


「それじゃあ悪いけど、これよろしくね。」


ハッとなって仕事を思い出す。


「それとさっきも言ったけど、

ボスあれでも今日は大事な日だから依頼が

済み次第ここに戻ってきてもらえる?」

「わかりました。あ、そういえばレンは?」

「レンの奴には今日は朝早い仕事を頼んだんだ。お前より先にかえってくるはずだ。」


カウンターの奥から

襟が立った白いワイシャツのボタンを

上から3つ開け背広を丁寧に着るボスが

やってくる。つい・・・見惚れてしまった。

ボスは3歩先にあるマグカップを手に取り、シュウのすぐ横にある椅子に腰をかけて

中身を確認せずゆっくりと飲む。


「そうなんですね。じゃあ僕も行ってきます。」


と荷物を持ち玄関に向かう。後ろから優しく


「気を付けて行ってこい。」

「お願いね。いってらっしゃい。」


と声をかけてもらったので軽く会釈し、

ベルを鳴らしてドアを閉じた。





___紅茶の香りよりも

コーヒーの香りが拡がる。


とても、静かな時間アイカの流れ。





「エミリア。」





低い声が響く。はいと短く返された。




自ら纏う大人のオーラを自覚し、

ゆっくり切り出す。





「ネクタイ忘れた。昨日新調したやつ。」


「では次回畑仕事があるときに

それを付けていただいて。今回はここに

置いていったものにしてください。」


「はい・・・え?」






_____半月程前。



「・・・要件はわかりました。

しかし例の件まだ」



「確かに。わかりました。

そのように手配致しましょう。

少々お時間をいただきますが・・・。」


「では、そちらは

よろしくお願いしますね。」






我々は望んだ。幾幾年の平和を。

争いのない世を。人の手で。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る