最愛はカップの中
春風月葉
最愛はカップの中
毎日を過ごすというのは、案外難しい。
今日も仕事で疲れた身体を鞭打って、一杯のコーヒーとともに夜を明かす。
コーヒーは良い。
独特の苦味はデスクワークの苦を薄め、深みのある濃い香りは職場の匂いをかき消し、そこの見えない濁った焦げ茶色は眼の疲労をも呑み込んだ。
温かい液体は渇いた喉を撫でていく。
カフェインのおかげで再び眼も冴える。
残った書類も作り終えなければならないが、今の私にならできる気がした。
こうして私は、毎晩をコーヒーと過ごした。
この日も、いつものように眼の下にクマを作って、いつものようにいつもの仕事をして、いつものようにコーヒーと夜を明かす。
そんなつもりだった。
しかし、私の身体は愛するコーヒーの毒に犯されていた。
心は焦燥感に蝕まれ、行き場のないそれらは悪心に変わり、私の身体は眠ることを許されない呪いにかかった。
カフェイン中毒、私はコーヒーから離れられなくなっていたのだ。
それからの毎日は辛かった、そして苦しかった。
ディカフェ飲料で舌と心を騙す日々。
それなのに頭と身体はコーヒーを忘れてくれない。
こんな偽物ではないだろうと私の心を誘惑する。
私は弱々しい足取りで収納家具を開けた。
愛用していた古いコーヒーカップを手に取って顔に近づける。
愛するコーヒーの残り香を鼻から胸、そして身体中に送る。
あぁ、愛しいコーヒーはこんなにも近くにあるのに、私はそれを拒み続ければならないなんて…。
狭い部屋には鼻を刺すほどの苦い香りが漂っていた。
最愛はカップの中 春風月葉 @HarukazeTsukiha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます