手間

春風月葉

手間

 あぁ、何もかもが面倒くさい。

 会社で上司の機嫌をとることも、同僚との人間関係をわざわざ保護することも、客のクレームに対応することも。

 ロクに面白いこともないのに、どうしてこんなに面倒な人生を生きなくてはいけないんだ。

 そう心の中で呟いて、私は湯の入った桶の中に手首をつけて手に持ったナイフをそうっと近づけた。

 こんな毎日は面倒だから、いっそ死んでしまおうと思ったのだ。

 しかし、いざナイフを近づけると呼吸は荒くなり手は震え、とても自殺などできそうにない。

 ピンポーンとインターフォンが鳴り、ガチャリとドアが開く音が聞こえてナイフを背に隠す。

 家の中に入ってきたのは私の交際相手だった。

 なんでも、傘を忘れていたらしい。

 彼女は青ざめた私の顔に異変を感じたらしく、心配そうにしていた。

 何故だろうか、普段はどこか抜けている彼女が今日に限っては鋭く、背に隠したナイフに気付いてしまった。

 問い詰める代わりに彼女は言った。

 あなたの命は決してあなたのものではないと、あなたが死ぬのならあなたと関わった全ての人を殺してから死ねと。

 どうやら死ぬことも想像以上に面倒くさいらしい。

 死ぬことと生きることが、同じように面倒なら、生きた方が良いようだ。

 私には、こんな私のために涙を流して死を制止してくれる面倒な彼女がいるのだから。

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手間 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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