第四幕 後期クイーン的問題
「捜査一課の
丁寧だが、些かそっけない印象を与える話し方をする女性だった。全体に知的な雰囲気が漂っている。
「それでは、事件についてですが……」
と、羽戸警部は話の先を続けようとしたが、
「おい……」
ヘル博士は彼女を無視して、私に耳打ちをする。
「なんじゃい、あの名前は。え? 全然まともではないか。け、けしからん、わしらにはヘル博士だの乱ポールだのみょうちきりんな名前を付けるくせに、この差は一体なんじゃ!」
「う~ん。どうやらハドレイ警部をもじった名前のようですが、意外と普通に日本人の名前で通用しますね……まあ、女体化してるけど」
「まあ、この国はなんでも女体化する国じゃからな」
「オッホン!」
羽戸刑事は我々を咎めるような目で咳払いをする。
「ああ、いや。失敬。事件の話じゃったな。続けてくれたまえ」
羽戸刑事は再び話し始めた。
「えぇ、被害者の名前は保坂雪乃。十一歳。死因は胸部に刺された手裏剣が心臓に達したことによる――」
「おい、乱ポール。聞いたか? 殺されたこのガキもまともな名前じゃぞ? ううむ、考えてみれば、このガキもガキとはいえ、結構な美少女ではあったからの。こりゃあ、作者のやつ、美人ばかりにまともな名前を付けるのかもしれん」
「やめてください、それじゃ僕の奥さんは二目と見られぬブスってことになるじゃないですか!」
「オッホン!」
羽戸刑事は二度目の咳ばらいをする。
「事件の一刻も早い解決のために、我々は全力を尽くしております。関係者の皆様方も、どうか我々にご協力願います」
「全力を尽くして居る、か。ふむ。しかし失礼じゃが、あんたがたにこの密室の謎が解けるのかね?」
ヘル博士が口をはさむと、彼女は至って冷静に、
「『密室』……ですか。しかし、先ほどから皆さんが盛んに話題にしてらっしゃる『密室』とやらには、我々はさほどの重要性を感じておりません。これは推理マニアを喜ばせる小説の出来事ではなく現実に起こった殺人事件なのです! 犯人が部屋から出ていないというのは、恐らく目撃者のただの見間違いでしょう」
「そんな、私、見間違いなんかしてません!」
羽戸刑事は少しイライラしたような顔でオカミを見ると、
「ふん。そうでないとしたら、あなたが嘘をついているのかどちらかでしょうね。案外、殺人犯はあなたなのではないですか」
オカミは蒼白な顔になった。
――と。
「それはありませんね」
そのとき突然闖入した男性が口を挟んだ。
「おや、お前さんは?」
ヘル博士が聞くと、男は肩をすくめて、
「いや失敬。僕はこの国の推理雑誌に書いている、しがない物書きですよ」
「へえ、推理作家ですか」
私は身を乗り出した。
「ええ。ところで刑事さん、あなたはこのオカミさんが犯人ではないかと言ったが、それはありえない。何故ならオカミさんは犯人と被害者が部屋に入ってから、死体が発見されるまで、ずっと僕の部屋にいたんですからね。いわば、彼女には完全な
「……」
そうして推理作家は口元でにやっと笑った。
「ついでに言うと、仮にオカミさんが犯人だったとしても、彼女がわざわざそんな嘘をつく必要が一体どこにあるというんですか? 彼女には犯人が密室から出ていないなどという奇怪な嘘をついて自分の立場を悪くするメリットはどこにもない。なら、彼女の証言は真実であると見た方が自然ではないでしょうか。ちなみに、オカミさんと僕は完全に初対面で、無論被害者との面識もありません。なんなら、徹底的に僕の身辺を洗ってもらったって結構ですよ。本職の刑事の操作方法を間近に見られれば、僕としても大いに小説の参考になりますからね」
推理作家の言葉に刑事は黙り込んでしまった。
……なんか、ヘル博士よりこの人の方がよっぽど探偵っぽくないか?
「と、とにかく、我々がこの事件で注目しているのは、次の二点です! 一つは、被害者はなぜ全裸であったのか。これについては一応被害者の膣内なども調べましたが、特に彼女が乱暴されたような形跡はありませんでした」
「なるほど、乱ポールのようなロリコンの変質者の犯行ではないということじゃな」
ヘル博士は腕を組んで頷く。
「次に二点目です。それは部屋の中に散乱していた何か紙のようなものを燃やした痕跡です。犯人はあの部屋でいったい何を燃やしたのでしょうか……」
「何じゃあんた、まだあんな謎が解けておらなんだか?」
「え!?」
私は思わず声を上げた。
「そ、それじゃ博士は、あの謎が解けたんですか?」
私は博士が初めて探偵らしいことを言い出したのでびっくりしていた。
「当然じゃ。あんたはこの事件の謎を二つ挙げとったが、なぜその二つを繋げて考えようとはしなかったのじゃ。服が消失し、灰が見つかったなら、当然、服を燃やして灰が出来たとは思ったほうが自然じゃろう」
「し、しかしあの灰は紙を燃やしたもので……」
「じゃから――あれは紙で出来ておったんじゃよ」
「――!!」
羽戸刑事は目を見開いた。
「あぁ! なるほど、流石は博士です!」
私は感嘆してそう言ったが、羽戸刑事はなおも食い下がった。
「しかし、問題は服だけでなく、犯人も消失していることなんですよ。それに、なぜ彼女がハダカだったのか、なぜ紙の服を着ていたのかも説明できていません! それに、密室の謎だって……」
どうやら女刑事もこれが密室殺人であることを認めたらしかった。
だが、博士は肩を竦めて、
「……いや、あんたな、そんな考え方ばかりしておるとこの事件の謎は解けんぞ? わしもついつい真面目に推理らしいことを言ってしまったが、この小説はあくまで密室もののパロディなんじゃし、密室の必然性やら被害者の行動の必然性やらなにやらを言われても、どうせ作者だってそんなことは考えてはおるまいて……」
「都筑道夫が草葉の陰で泣いてますよ……」
私はため息をついた。
「しかし、こうしてメタ視点の方向から推理していくと、後期クイーン的問題やらなんやらなんてどうでもよくなってきますね……」
私が皮肉めいた口調で言うと、博士の顔色が突然変わった。
「な、なに? メタ視点じゃと……」
博士はそうつぶやくと、みるみる目を見開いていって叫んだ。
「おぉ、バッカス!」
「あ、口癖はオリジナルと変わらないんですね」
私は言ったが、博士はもはや何も聞いていない。
「おぉ、乱ポール。事件の謎が解けたぞ! そうじゃメタ視点じゃ! それこそがこの事件を解く最大のカギだったんじゃ!」
「どうしたんですか博士。まさかここまで来て作者が犯人だなんてくだらないオチを言うんじゃないでしょうね?」
「違うわい! タイトルじゃ、この小説のタイトルにヒントが隠されとったんじゃ。これで謎はすべて解けた! よし、乱ポール。そろそろいつものアレ、やってみるか」
「……へ? アレってなんです?」
「それは当然アレじゃ! ミステリで解決編の前に指しはさまれるものと言えば――『読者への挑戦』じゃよ!」
「いや――だからそれじゃクイーンですってば!」
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