第三幕 密室殺人
「きゃあああああああっ」
早朝、明らかにそれとわかる悲鳴が旅館内に響き渡った。
「どうした、殺人事件じゃな!」
ヘル博士はまだ現場を見ていないくせにそう言って駆けつけた。
「い、今、そこの部屋で、お、お客様が……」
旅館のオカミが、廊下で腰を抜かして部屋を指さしている。
見ると、障子の向こうに、誰かが倒れているらしい両足。
「なっ、こ、これは……!?」
私も博士に続いて部屋の中へ入る。
そして、呆気にとられた。
死んでいたのはこちらの予想に反して、まだ小学生くらいのあどけない少女だった。
入り口を背にし、身体を横向きにして膝を曲げ、腕も折りたたんでこころなしか丸くなっているような格好だ。
まだ死んで時間が経っていないのか、頬に赤みが差している整った顔立ちの美少女で、なんとももったいないことだったが、それはいいとして……。
何故か全裸だった。
「全裸ですね」
「そうじゃな」
「ようやく読者サービスですね」
「いや、子供じゃぞ」
「ロリコン向けです」
「……死体じゃぞ」
「ネクロフィリア向けです」
「お前、その気があるのか?」
「否定はしません」
「否定しろよ」
と、まあ、そんな調子で死体を眺めながら雑談を交わしたのち、
「さてと、序盤でページを使いすぎたからさっさと終わらせてしまおう」
そう言って博士は背中を向けた死体を、仰向けにひっくり返した。まるで丸太でも転がすかのような無感動な動作である。
当然仰向けにしたことで少女の隠すべき色々なものが丸見えになったのだが、非実在青少年を守るため、ここでは敢えて描写は避ける。
死体に触ったら指紋が付くのではないかと思ったが、また、探偵役はなにをやっても疑われないだろうから別に構わないだろう。
ヘル博士は少女の露わとなった胸のあたりに刺さっていた凶器を抜き、しげしげとそれを検分した。
「これは……手裏剣じゃな」
博士は初めて驚いたような声をだした。
「ううむ、流石ニンジャの国ニッポンじゃな。どうじゃろう、この小説のタイトルに『ニッポン手裏剣の謎』とでも付けてみるのはどうじゃな?」
「だからそれじゃクイーンですよ!」
そんな私のツッコミをよそに、博士は嬉々として死体や手裏剣を弄んでいる。ようやく殺人が起こったのでウキウキしている様子だ。
無邪気な博士をほほえましく眺めていた私だったが、ふと博士の足元に、何か紙のようなものを燃やしたような、真っ白な灰が散乱しているのに気が付いた。
「ふむ、すると犯人はニンジャかなにかかな?」
背後で博士がぶつぶつと呟いた。私はこの重大な発見を博士に伝えようと口を開きかけたが、突然叫んだ博士の言葉に遮られた。
「そうじゃ犯人じゃ! おい、そこのあんた。あんたひょっとして、被害者を殺めた犯人を見とりゃせんじゃろな?」
博士がオカミに訊ねた。
「はあ……。犯人でしたら私、見ましたけども……」
「そうか、残念じゃなあ。唯一の目撃者が犯人を見ておらぬとなると事件の難易度が……って、えぇ! 見たぁ!?」
「ええ、その方と、もう一人同じくらいの年ごろの女の子が、一緒にその部屋に入りはるうしろ姿を見たんです。どうも二人とも、なんだか似たような恰好をしとったんどすが……」
博士は露骨に失望の色を見せた。
「あーはいはい。つまり、そいつが犯人ってことね。まあ、そういう話は警察の人にすればよいじゃろ。わしは忙しいから帰る」
ヘル博士はもはやこの事件に興味を失っていた。そうして踵を返そうとした博士の腕をオカミが引き留めた。
「ちょ、ちょっと待ってください、探偵さん! 私はお客さまたちが部屋に入ったあと、ずっと廊下の掃除をしとったんどすが、私は確かに犯人が入るのを見とりましたが、その犯人がこの部屋から出るのは見てないんどすよ!」
オカミの言葉で、その場に衝撃が走った。
「君……君……それはほんとうかね?」
博士も流石に目つきを変えて、興奮を抑えた声で訊いた。
「誓ってホンマどす。アマテラス様に誓って!」
ニッポン人はこの国の神に誓って断言した。
どうやらオカミの言葉は本当らしい。博士は目を光らせて辺りを見渡した。
「この部屋に隠れる場所はない……すると窓から脱出して……」
だが、それも後に不可能であるらしいことが判った。窓の下には奥深い新雪が積もっており、どこにも足跡の類はなかった。
外はいい日和だったし、この旅館に降雪機のようなものもない。つまり雪が降って足跡が隠れたというわけでもないのだ。
さらには下の通行人の証言から、犯人がグライダーのようなものを使った可能性も否定された。最後には天井裏や屋根の上を調べたが、結果は芳しくなかった。
「ヘル博士、これは……」
私の震え声を、博士ぎ引き受けた。
「ああ、乱ポール。これは不可能犯罪じゃ。犯人はこの密室から、まさしく忍者のようにドロンと消え失せてしまったのじゃ!」
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