第二幕 東方見聞録

 私たちを乗せた飛行機はキョートの空港に降り立った。

 入国手続きを済ませ、この古都に足を踏み入れてまず驚かされたのは、そこにおけるサムライの多さである。

 見渡せば、どこもかしも日本刀を持った和服の男たちが往来を歩いているのだ。彼らはみな一様に首からカメラを下げ、チョンマゲを結った眼鏡の出っ歯顔で、しきりに両手を合わせて御辞儀をしたり、電車で漫画を回し読みしたりしている。

「これは……なんとも異様な光景じゃな」

 季節は冬だ。雪も積もっている。

 その雪の中に、白く美しい鶴が艶やかな姿を現し、またキョ―トで有名な鹿の群れが観光客から与えられたせんべいをむさぼっている。

 連なる茅葺屋根のバックには雄大なフジヤマが聳え立ち、海浜工場にはニッポンの恐るべき科学技術を総結集させて作られたスーパーロボットが軍隊を持たぬこの国の平和と安寧を守っていた。

 いかにも神秘の国、黄金のジパングといった光景だ。

「ごらん、乱ポール。あれはの、カラテやジュード―、スモウに並ぶニッポンの伝統武道と言われている格闘技、バリツの道場じゃ」

 ヘル博士は私にしたり顔で解説した。

 私たちはアサクサ神社やドートン堀といったキョ―トの名所めぐりをして、ひとまず旅館へ向かった

 我々の旅館は、大層立派なもので、金持ち国家ニッポンの面目躍如といった印象だった。ノレンをくぐってチェック・インを済ませ、タタミの上に下駄で上がった我々は、ゲイシャ・ガールに特上のサケを振るまわれ、スシにテンプラに舌鼓を打った。

「うーん、まだ殺人は起こりませんねえ。そろそろ読者が飽きませんか?」

 部屋でキモノに着替えた私は、傍らの博士に声をかける。

「何を言っておるのだ乱ポール。こうしたなにげない描写に伏線を仕込んであっと言わせるのが推理小説の醍醐味じゃぞ。さあ、食事が済んだら旅の疲れをとるため、温泉にゆったりとつかるぞい」

 そう言って、サケをジョッキで飲み干した。

「温泉ですかぁ?」

「そんな顔をするな。いいか、これはこの国のミステリのしきたりなんじゃ。この国の探偵は事件解決の他にも名所を巡ったり、温泉につかったり、犯人を崖の上で追い詰めたりと色々とやらねばならぬことがあるのじゃ。こうしたしきたりを、この国の言葉で『湯けむり温泉殺人事件』という」

「そりゃミステリじゃなくて、テレビの二時間ドラマですよ。だいたい名所巡りなんて一行で済ませちゃったじゃないですか。京都のミステリなら山●紅葉くらい出してください」

「贅沢言うな。残念ながらわしらの作者は山村●紗ではないのじゃ」

 というわけで、温泉に浸かることになった。ちなみにお約束通り露天風呂は混浴だったが、どうも萎びた婆さんしかおらず、サービスシーンにはなりそうもない。

 私がしぶしぶ身体を洗っていると、なにやら背後に妙な視線を感じた。

 ――もしや、黒タイツの犯人か!?

 と、緊張して私が振り返ると、なんでもない、ただ博士がじっと私の裸体に熱い視線を送っているだけである。

 ……いや、なんでもなくない。

「……なにを見ているんですか?」

「いや、肉付きの良いほれぼれするような身体じゃな~と思っての……」

 博士は舌なめずりをしていった。

「あの、博士、そういうことを言うと色々と誤解されますよ」

 私は少し身じろぎをしながら言う。

「ほう、なにを誤解されるというんじゃ?」

「ホモだと思われると言っているんです!」

「それなら誤解ではないではないか」

「は?」

「言っておらなんだかな? わしは同性愛者なのじゃよ」

 じり、じり、と博士が歩み寄ってくる。

「ふふふ。わしは何のために、わざわざ君を二人旅に誘ったと思っとるんじゃ?」

 私は声が震えだした。

「あ、あ、悪質な冗談はやめてください! 脈絡がなさすぎますよ! だいたい今どきそういうホモネタはポリコレ的に非常にまずいですって!」

「問答無用! 批判が怖くて小説が勝てるかぁ!」

「ぎゃあああああああっ!!」

 と、しばらく襲い掛かる博士への抵抗を繰り広げたのち、なんとか貞操を守った私は、

「も、もう、やめましょう……」

「うむ、正直すまなかった」

 博士も私も息も切れ切れだった。

 ……繰り返して言うが貞操はしっかりと守った。

「いや、最近この国では、どうも『やおい』という文化が根付いておって、探偵×助手というカップリングは、この国の腐女子達に大変人気なんだとか。それで、その、つい……」

「誰が肥ったじじいと私の絡みに萌えますか!」

「あ、お前今肥ったじじいとか抜かしおったな。この小説のどこにわしが老人だとか、肥っているだとかいう記述があるんじゃ? わしは実は美少年なんじゃぞ。叙述トリックにひっかかりおって。やーいやーい」

「カーとクリスティは関係ないでしょうが!」

 と、このような調子で第一日目は特に何事もなく終わった。

 

 そして、事件が突如として起こったのは、その翌日のことであった。

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