幕間
「ところでヘル博士」
ニッポンへ向かう飛行機の機内で、私は博士に話しかけた。
「なんだ、乱ポール。もう空の旅は飽きたのかね?」
博士はもう二杯目のビールの缶をあけていた。
「いえ、そうではなくてですね……」
私はちょっと躊躇してから、小声で話しかけた。
「つまり、この小説のことなんですが……」
「あん?」
博士はキョトンとした顔で私の顔を見つめた、。
「小説って、君、どの小説だね? 見たところ、特に君は本を持っていようには見えんが、機内にペーパーブックでも持ち込んだのかな?」
「あ、いえ。ですから……」
「この小説のことですよ。私たちがいま出ている、『ジョン・ディクスン・カーを読まなかった男たち』というふざけた題の小説についての話です」
博士はポカンと口を開けた
「あれ……それ、言っていいのか?」
流石のヘル博士もこれには驚いた様子だ。
「ええ、タイトルが示す通り、この小説はジョン・ディクスン・カーの小説のパロディですからね。カーのパロディともなれば、当然、メタ趣向もありです」
「なんじゃ」
ヘル博士は途端に肩の力を抜いた。
「ならこんなに真面目に演技する必要もなかったんじゃな。まったくわしは下戸だというのにビールを飲むシーンなど入れるものじゃから、仕方なく麦茶で芝居をしておったのだぞ」
私はうなずいた。
「まあ、本家も言っていますからね。『われわれは推理小説の中にいる人物であり、そうでないふりをして読者をバカにするわけにはいかない』!!」
「あ。それ、わしの台詞」
ヘル博士はおどけたように言った。
「しかし、良かった。いや、みなまで言うな。実はわしも、この小説には些か不満を持っておったのじゃ。ふん、まったく才能のない作者に書かれると登場キャラクターも苦労するわい。だいたい『フェル博士』→『増える』↔『減る』→『ヘル博士』だなんて安直なネーミングセンス、わしなら恥ずかしくてとても書けぬわ」
「それを言うなら、僕ら夫婦なんてもっと酷いですよ。泥シーに乱ポールですよ。だいたい海外作家の翻訳ものだなんて設定にするなら、漢字と片仮名の組み合わせなんてトチ狂った名前を出すなよなあ」
「うーん、ほら、乱ポールなら江戸川乱歩と掛けてるんじゃないか?」
「くだらないですねぇ。これだからプロ未満のアマチュアの習作に出されるのは厭なんだ。小説作法がまるでなってない!」
「だいたいタイトルからしてウィリアム ・ブリテンの『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』の質の悪いもじりじゃからな。ところで、ウソ原作者のエドガー・ドイルとやらの『The Hollow Woman』というのはなんじゃい」
「『三つの棺』の最初の原題のもじりですね。まあ、これ以上はやめましょう。登場人物が作中でパロディの解説をするってあまりに痛すぎますし」
と、こんなことを話しているうちに、どうやらニッポンに着いたようだった。
我々はいったんメタ発言を切り上げて、何食わぬ顔をして飛行機から降り立った。
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