夢の牢
春風月葉
夢の牢
私という者は、生まれながらにして欠陥品だった。
両耳に聴力がなく、この二つは飾りも同前の役立たずなのである。
そんな私もなんとか人並の人生を歩み、人並の幸せを手に入れた。
現在は若く美しい、私には不釣り合いなよくできた妻もいる。
私のコミュニケーションは眼と口がその多くを担っている。
眼が情報を取り込み、口が感情を音にするのだ。
子はいないが、私は幸せだった。
しかし、幸せというものは長くは続かないもので、ある日を機に、私は永遠の夜に閉じ込められてしまった。
私は…両眼の視力を失ったのだ。
私の眼はもう、外の世界を写せなくなってしまったのだ。
まったく、怠慢な眼だ。
真っ暗な世界の中、肌に触れる風、温度だけを感じる生活は、自分だけが現実から切り離されたようで淋しかった。
夢の中では感じられるのに、音も…、光も……。
これは何度目の夢だろうか? 夢に現れる妻の姿さえも、段々と曖昧になっていく。
この孤独な世界に閉じ込められ、どれだけの月日が流れたのかもわからない。
作業的に過ぎる現実と、失っていくばかりの夢の繰り返しにも疲れてしまった。
もう病む心配もないだろう。
私がいつものように、夢から覚めて眼と耳の感覚を失うと、右の手に久しく感じることのなかった体温を感じた。
手を握られているのだと、懐かしい感覚が私に教えた。
その手は冷たく、細く、弱々しかったが、誰の手かはすぐにわかった。
その時、私はやっと孤独な世界から解放された気がした。
しばらくぶりに声を出し、
「愛しているよ、覚めることのない夢の中でも。」と言った。
その声は、自分のものとは思えないほど枯れていて、流れていた年月の長さがわかった。
「はい、私も愛しています。あなたが夢に消えてしまっても。」その声は、聞こえずともわかった。
にこりと寂しそうに笑って言う女性の姿は見えずともわかった。
その日、その時、私は永遠の夢へと消えた。
夢の牢 春風月葉 @HarukazeTsukiha
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