彼女の足

春風月葉

彼女の足

 自動扉が開くと、独特な匂いがする。

 慣れた風に手続きを終え、看護婦に軽く会釈して目的の部屋へ歩く。

 彼の名は健人、この市立病院の近くにある効率高校に通う生徒だ。

 彼は一階の奥にある二○六と書かれた病室で足を止めると、トンットンッとドアを叩いてドアに手を伸ばした。

 ...始まりは一ヶ月程前、健人は付き合って二週間になる鈴と初デートの約束をし、慣れない様子でソワソワと待ち合わせの公園のベンチで鈴を待っていた。

 しかし、いくら待っても鈴は現れなかった。

 健人はしびれを切らし、鈴を探そうとして公園を出た。

 すると、公園から三分程度の交差点に人だかりができていて、彼が何事かと人波をかきわけていくと、人だかりの中心には大きくへこんだ軽自動車と、荒く息をする鈴の姿があった。

 ...そして現在、彼女は足の機能を失い、彼は彼女の元に通い続けているというわけだ。

 しかし、彼女の足は一向に良くなる気配をみせず、一足たりとも病室の外を歩けない。

 そんな彼女が、遠い目をしながらベッドから外を眺める姿みて、彼は自分が彼女の足になると言った。

 それから毎日、彼は彼女に自分のみたことを話すようになった。

 それは本当に他愛もないことばかりで、今日は庭にコスモスが咲いていたとか、今日は学校で友達と怒られたとか、本当にその程度のことばかりだった。

 しかし彼女はこくこくと頷いて、いいなー、

 私も外へ出たいなー、等と言って彼の話を聞き、泣き、同じ時間を共感した。

 二人は彼の病院にいるかすかな時間を大切にし、早く彼女の足が治ることを祈った。

 しかし、現実は無情だった。

 それは医師の口から告げられた。

「彼氏さんだったかな?」

 医師に聞かれて健人は返事をする。

「君の彼女、鈴さんの足なんだが...、恐らくもう動くことはないだろう。詳しい内容については彼女のご両親に話してある。力が及ばずすまないね。」

「いえ、先生のせいでは...、失礼します。」

 色々耐えられなくなり、逃げるように彼はその場を去った。

 もう彼女の前でうまく笑える自信が彼にはなかった。

「健人君?」

 不意に声がかけられ急いで取り繕う。

「鈴?なんで外に?良いのか?」

 車いすに座り、ゆっくりと近づいてくる彼女に彼は尋ねる。

「それがね、足が治らないみたいで、だったら車いすの練習をしようかってお医者さんが言ってくれたの。」

 彼女はニコニコと言った。

 彼は立ちあがり少しはれた目で彼女を見て、

「どこに行きたい?」

 と聞いた。

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彼女の足 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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