夢オチ

 北村信二の場合

 この春、僕は大学生になった。実家をはなれ、憧れの1人暮らしだ。新品の家具の数々。カーペットだってテレビだって冷蔵庫だって、全部新品でそろえた。部屋中が真新しい匂いでいっぱいだ。今日までで入学式やオリエンテーションは終わりいよいよ明日から大学の講義がはじまる。待ちに待った憧れの講義室。ドラマみたいに大きな講義室かな。それにとなりの女の子に話しかけて連絡先交換とかできたらいいな。僕はワクワク胸を躍らせていた。明日が待ち遠しく眠るのがもったいなかったが、新しく買ったばかりのベットと枕がやけにふわふわしていていつの間にか眠りについていた。

「しんじくん、起きて」

 僕を呼ぶ誰かの声で目を覚ました。仰向けで寝ていたはずの僕の眼前には長い髪をユルふわ巻きにしたかわいらしさあふれんばかりの女の子が僕を覗き込んでいた。状況が読み込めないが、このアングルとこの後頭部を優しく包み込むような柔らかい感触から想像するに、僕は今このとてもかわいい女の子に全男が夢見る膝枕をされている。いや、していただいているようだ。

「早く起きないと学校に遅れますよ」

 起こす気がみじんも感じられないその優しい声に、僕はすこぶる癒された。こんな心地よい太ももから頭を離すなんてもったいなさすぎる。それに、それにだ、下から見上げるこの光景にはふたつの見事なメロンが圧倒的な存在感を醸し出している。おお、神よ。天は二物を与え申した。

「もう少しこのままじゃダメかな」

「だめです。今日から講義がはじまるんですよ。1学期の計は初日にありです。さあ起きましょう」

 僕は渋々その柔らかマットから頭を離した。ベットから起き上がり、顔を洗い歯を磨き、今日の為の新品のノートをこれまた新品のバッグに詰め込み、家を出ようとした。もう一度ベットの方を見ると彼女が笑顔で手を振っている。僕も手を振り返して玄関の扉を閉めた。

 ガチャン。部屋に響いたドアの閉まる音で僕は目を覚ました。もちろん彼女は居ない。ただ、僕の後頭部は新しいふわふわの枕で優しく包まれていた。たしか頭上に充電しながら置いていたはずのスマホを仰向けのまま探った。手に固く冷たいものが当たる。手に取り電源をつけると今の時刻が表示された。午前8時30分。やばい、今日は8時45分から講義だった気がする。慌てて準備し、僕は大学に向かった。

「行ってきます」

 真新しいものばかりの誰もいない部屋に僕の声が響いた。


 日高野乃子の場合

 今日、うれしいことがあった。画家として独立してから今まで丹精込めて描いた絵は認めてもらえず、もちろん買ってくれる人なんて誰もいなかった。生活は苦しく、大学で同期でいまは漫画家をしている友人のところでアシスタントのアルバイトをする日々。しかし今日、画家の先輩のつてでこの間から展示させてもらっていたアトリエで私の絵が売れたのだ。しかも、そのお客さんは私の絵を気に入ってくれたらしく、私が今まで描いてきた絵の中からもう2、3枚ほど追加で売ってほしいとお願いされたのだ。これでしばらく生活は楽になる。私は部屋で嬉しさのあまり枕を抱いてベットの上でローリングした。

 ふと我に返って今抱いていた枕を眺めた。枕はつぶれてペタンコになっていて、所どころほつれている。それに、何色か絵具もついていた。

「だいぶこの枕もくたびれてるな」

 そういえばこの枕は私が画家を目指しはじめた高校生のころ、昔から使っていた枕の上に盛大に絵具をのせたパレットをひっくり返してしまった時に新しく買ってもらったものだった。

「そうだ。絵が売れた記念に新しい枕でも買っちゃうか」

 善は急げ。私は抱いていた枕をベットに放り投げ、近くの寝具屋さんへ駆け込んだ。店員さんにいろいろとおすすめを聞いてみたがさっぱり違いがわからなかったので、ちょっぴり高めの外国製の枕を買うことにした。家に帰ると早速新しい枕に新しいカバーをかけ、ベットの上に置いてみた。新しい枕が古い家具たちとのコントラストで映えて見える。今まで使っていた枕を押し入れにしまい、次の絵の構想を練りながらベットに横になった。やはり新しいものは違う。とてもふかふかだ。

 いつの間にか寝ていたようで目を覚ます。重いからだをうごかし寝返りをうつと隣で金髪サラサラヘアの超美形男子が肘をついて横になりこちらをニコニコ眺めていた。

「モーニン。おはよう。よく眠れた?」

「あの、どちら様ですか」

「やだな、何かの冗談かい。君の新しい彼氏だろ。忘れたのかい」

 そういえばそうだった気がする。

「あのね、きのうとてもいいことがあったの。今まで頑張ってきたことが報われたような気がするの。だからさ、ギュッとしてくれない?」

 そういって私は彼に背を向けた。彼は分ったよといって背中からギュッと抱きしめてくれた。彼の腕のなかでこうしているととても居心地がよかった。

「なんだか私の人生きのうを境にいい方に転びそうね。だからこれからはあなたとも幸せになれたらいいな」

「そうだね」

 後頭部に彼の息を感じる。ああ、幸せだな。けどなんか違う。そう思ったとき私を抱きしめていた腕の力が急に強くなった。

「どうしたの」

 そう私が聞いても彼は返事をしない。力が強くなるにつれてだんだん息が苦しくなってきた。

「お願い、力を抜いて。苦しい」

 このまま力が強くなっていくときっと私は死んでしまう。最後の力を振り絞って

「やめて」

 っと叫んだとき、私は自分の寝言で目を覚ました。今までよりも妙に高くやわらかな感触の枕のせいで首の位置が悪くそれが原因で寝苦しかったのだろう。私は買ってきたばかりの枕をむこうへ投げ飛ばし、押し入れの中から今まで使っていた枕を引きずりだしてきた。時刻は朝の4時半だった。まだ寝れる。私は明日のアルバイトに備えてくたびれた枕に頭をのせた。程よい高さ、程よい硬さ。これでぐっすり眠れる。


 時松良太の場合

 半年つきあっていた彼女に別れを告げられた。別に喧嘩をしたわけでも、別の好きな人ができたわけでもない。ただなんとなく半年付き合ってみたがやっぱりあなたを彼氏だと認知できなかったといわれた。

 これで一方的に別れを切り出されたのは20回目だ。どの女の子も同じような理由でおれと別れる。おれにどうしろというのだ。女の子の前では常に紳士的にふるまっていたし、嫌われるようなことはしていないはずだ。それなのにどうしていつもいつもこうなるのか。流石におなじ理由で20回も別れを切り出されるともう女の子と付き合うのは嫌になってくる。

 こんな時昔は幼馴染のめぐみに毎度慰めてもらっていたが、最近忙しくて疎遠になっている。

「ああ、今回は立ち直れそうもないな」

 おれはふてくされて万年床に寝転んだ。今回の子は自分の中では今までで一番うまくいっていたと思っていた。それに何よりも美人だった。今までで付き合ってきた中で一番だと思う。それゆえ逃した魚の大きさに自然とおれの目から涙が出てきた。

「あんた何泣いてんの」

 聞き覚えのある声におれは飛び起きた。めぐみが呆れた顔でこっちをみていた。

「めぐみ、また振られちゃったよ」

 おれは泣きながらめぐみに今日の事を伝えた。

「泣きながら話さないでよ、気持ち悪い。どうせまたいやらしいあんたの目に嫌気がさしたんでしょ」

「そんな傷口に塩を塗るようなこと言わないでよ」

 おれの目からさらに涙があふれてきた。

「はいはい、わかったからもう泣き止みなさい」

「でも、だって、今回は上手くいってると思ってたんだよ」

「子供っぽいこと言わないの。仕方ないから、ほら、今日は特別にわたしの胸を貸したげる。今日はわたしの胸の中でいっぱい泣きなさい」

 そういってめぐみは両手を広げた。

「めぐみーーー、ありがとーーー」

 おれは思いっきりめぐみの胸に飛び込んだ。めぐみはおれを優しく抱きしめてくれた。

「またいい子が見つかるはずだから頑張りなさい」

「ほんとありがとな、めぐみ。けど、おまえのむねってやっぱり平らすぎるな。もうちょっと柔らかい方が抱き心地的にありがたいんだけど」

 その瞬間、猫のように握りしめられためぐみのこぶしが飛んできて脳天に鈍い衝撃がはしった。

 俺の寝相の悪さには辟易する。平らな枕を抱いたままくねくねと動き回り、ついには机の脚に頭をぶつけたようだ。ジンジンする頭をさすりながらスマホを確認した。

 通知1件 めぐみ

「また振られたの。どうせ落ち込んでるんでしょうし、久しぶりに飲みに行くわよ」


 蓮本丈二の場合

 今日はお客さんが多く忙しかった。部屋に帰ってくるとあまりに疲れていたせいかネクタイを外すとシャワーも浴びずワイシャツのままベットに横たわりそのまま眠りについた。

 夢の中で僕は誰かの膝の上で寝ていた。少し変なにおいがしたので目をあけると顔皮脂でテカテカしてうすら禿げたおっさんの膝の上だった。それにそのおっさんの膝からは古い油の臭いようなおっさん臭が発せられていて非常に臭かった。

 あまりの悪夢に私は目を覚ますと、そこにおっさんの姿はなかった。しかし、おっさんから発せられていた臭いがまだ香っている。私はそっと、もともと白かったが今では薄黄色く変色したしてしまった愛用の枕をにおってみた。すると確かにそこからあのおっさん臭が発せられていた。

 次の休みに私が枕カバーを洗濯し、枕を天日干ししたのは言うまでもない。

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