未知との遭遇

 事務所のテレビのチャンネルはお昼のワイドショーに合わせられている。昨日の歴史的に偉大な出来事の様子を収めたVTRがくり返し流れ、スタジオではその手の専門家たちがあれこれと見解を述べている。おそらくどのチャンネルも同じ出来事について放送しているに違いない。

 昨日の事だ。突然、緊急速報が流れテレビもラジオもネット配信でさえもすべて同じ会見が映し出された。画面には我が国の一番偉い方ともうひとり、いや、もう一匹、それも違う気がする。形容しがたいのでもうひとかたというのがいいかもしれない。とりあえず、もうひとかたが仲良く並んでいる姿が映し出されたのだ。それから我が国のトップが話し始めた。

「今日ここに人類にとって大きな一歩となる条約が結ばれました。我が国は、遥か彼方の銀河系の遠い遠い星(せい)と友好条約を結ぶこととなりました」

 画面にテロップがつき、もうひとかたの下にとても意味のあるとは思えない文字列の後に特任外星大使と書かれていた。その直後から私たちは大盛り上がり。関係各所のネットサーバーは落ち、問い合わせの電話がひっきりなしにかかってきたそうだ。そうテレビに映し出されたフリップボードに時系列順に簡潔にまとめられている。

 会見の後のことは僕自身興奮冷めやらぬ状態で昨日行った仕事の事さえ忘れてしまうほどだった。そして興奮を引きずったまま事務所に出勤したのだ。今日は別段依頼は無かったのだが、異星人特需か急な依頼が入ってきた。依頼人と待ち合わせの時間になり、依頼人が事務所にやってきたときにはたまげてしまった。まさに昨日みたそのままのかたが事務所にやってきたのだ。そして今、そのかたと一緒にワイドショーを眺めているところに落ち着く。

 ワイドショーの内容が別の話題に変わったタイミングで僕はテレビを消した。

「今は大変な騒ぎになってますが、ここまでよく来られましたね」

 言葉が通じるかわからない相手だったことをすっかり忘れていた。

「そうですね。すっかり時の人になってしまいました。しかし、ご安心ください。ここへは空から擬態装置を使ってやってきましたので、誰にも見つかっていません」

 特任外星大使だけあって言葉は通じるようだ。

「それはよかった。私は仕事柄テレビなどの記者とは良好な関係でいたいので、もしあなたがここにお忍びで来たなんてことがばれたらとんでもないことになっていました。それで、今日の依頼というのは何でしょうか」

 僕はさっそく仕事に入った。

「実は事前調査の段階であなたのうわさはかねがね聞いておりました。ぜひ今回我々とこの国が友好関係を結んだあかつきに解決しておきたい事案がありまして、どうかお力をお貸しいただけませんか」

 違う星の言葉をこんなにも流ちょうにそして丁寧に話すあたりこのかたはとても勤勉でせいじつなかたなのかも知れない。

 僕は人権や動物保護、環境保護などを専門に扱う仕事をしていた。例えば、ある国の海沿いの小さな村ではクジラやイルカを漁で捕り食べる習慣があったのだが、それを見聞きした活動家たちが、高度な知能を持った哺乳類を捕食するのは同じ知能を持った生物として許しがたいことだと村の漁を妨害したり村人たちを迫害したりしていた。僕としては、少し異端な文化にみえるかもしれないが、それが行われるまでに色々な文化的発展があり生まれた行為であり、それを頭ごなしに否定することその行為こそ知的ではないなと感じた次第だった。そこで僕に白羽の矢が立ち、活動家たちを法廷へ引きずり出して見事勝訴を勝ち取った。

 金もうけのために毛並みのいい特定の動物を乱獲していた乱獲者を相手にした時もあった。乱獲のせいで明らかな個体数の減少が見えはじめついには絶滅危惧の一歩手前までいってしまった。それで僕は当局に依頼され捜査、逮捕に協力した。それにその動物の保護施設建設のためにテレビなどの記者たちに協力を仰ぎ資金集めに一肌も二肌も脱いだのだ。

 そんな僕にこのかたは何の依頼をするつもりなのだろうか。とはいえ、僕も長年こういった活動をしているからかおおよその予想はついている。おそらくこれか先、両者の間で起こるであろう外見上の違いから生まれる差別を未然に防ぎたいといった依頼だと思う。たしかに、このかたは僕たち人類がいままで予想してきた異星人という姿を何倍何十倍いや、何千倍も超えた姿をしている。僕だって本心をいえばすぐには受け入れがたい。しかし、互いの歩み寄りはとても大事だ。

「どういったことで力をお貸しすればいいですか」

「じつは、我々の外見的なことで」

 ほら来た。やはり思った通りだ。

「事前調査の段階で、我々は非常に驚きました。こんなにも異星人の存在を予見し、その姿を予想していた星は珍しいです。ただ、どれも我々とはとてもかけ離れているので。2足歩行しているグレイ型などは特に、なんといいますか、我々の母性ではとても、その」

 とても歯切れが悪く、言いづらそうな雰囲気を醸し出していたので、お気になさらずはっきりとおっしゃっていいですよ、と伝えるとようやく聞けた。

「その、とても侮辱的な姿なのです。なのでどうか二足歩行の人型はこれから先、使われないようにしてほしいのです。おそらく我らの星の住人がそれをみたら暴動になりかねないので」

 それを聞いて不覚にも案外簡単かもしれないと思ってしまった。なんせ昨日のこのかたのインパクトは僕だけでなくこの国、いやこの星の皆の異星人に対する認知を変えたはずだ。しかし、念には念を入れて今後の方向性を決めるとしよう。

「ところで、なぜそんなにもあなたがたはそれをそこまで侮辱的に思ってしまうのですか」

「我々の星でこのような人型で二足歩行するのは、我々が食用に飼育しているとても醜い家畜だけなのです。あなた方だって牛や豚と一緒にされると怒るでしょ」

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