贋作

 アルウィンは昔から絵がうまかった。これは周知の事実で、アルウィン自身も自分の絵にそれなりの自信があった。だからこそアルウィンは絵の道に進んだ。国一番の絵師のもとで学び、師からも将来有望だとよく褒められた。

 長い修行を終え、アルウィンは独り立ちした。独りになって初めのころはよく絵も売れ順風満帆な様子だったが、じき新しい有望な絵師が現れ、アルウィンの絵は売れなくなっていった。

 エドガーもそんな若い有望な絵師の1人だった。アルウィンとエドガーは同じ師に学び、仲が良かった。アルウィンの方が4つほど先輩であったが、絵の売れない状況をどうにか打破するために、アルウィンはエドガーに相談した。

「エドガー、君は有望な若い絵師で絵もよく売れている。そんな君に相談があるんだ」

「どうしたんだいアルウィン兄さん、そんなに思い悩んだ顔をして。ぼくでよければ何でも言ってください」

「ありがとう。実はな、最近私の絵がとんと売れなくなってしまった。どこか直すべきところがあるようなら、アドバイスをくれないか」

「僕なんかでいいならもちろんやらせてもらうよ」

 アルウィンはすぐにいくつか絵を持ってきた。

「どうだろうか」

 エドガーはいくつかの絵を見ながらあごに手を当てしばらく黙り込んだ。

「やはりアルウィン兄さんの絵はとても細かくて素晴らしい。まるで本物を見ているようだ」

「ありがとう、エドガー。でもこれでは売れないんだ」

「ひとつ僕がアドバイスできることといったら、アルウィン兄さんの絵は忠実すぎて面白みに欠けるのではないかな」

「どういうことだい」

「何か一つ独創的なものを入れてみるんだ。例えばこの広大な麦畑の絵だけど、単に麦畑だけ描くのではなく、収穫中の女性たちを入れてみるとかどうだろうか」

「たしかにそれは景色に躍動感が出るかもしれないな。だがエドガー、私は目の前にあるものを書くのは得意なのだが、それに創作を加えるのが苦手なのだ。どうにかそれがうまくなる方法はないだろうか」

 エドガーとアルウィンはふたりで頭を抱えた。するとエドガーが何かを思いついたようでアルウィンにいった。

「アルウィン兄さん、こんなのはどうだろうか。1日や2日で創作性が上がるとは思えない。だったら少しずつスキルを上げていく勉強をするのはどうだろうか」

「しかしそれでは絵が売れないという根本的な問題が解決するのは何年も先になるじゃないか。僕の絵が売れる前に飢えで死んでしまうよ」

「大丈夫。あまり褒められる方法ではないけど、兄さんのその類まれな模写の技術を生かして、有名で価値のある絵の精巧な模写を売るんだ」

「なるほど。しかしそれは倫理的にどうだろうか」

「兄さんの言いたいことはわかるけど、兄さんの将来と生活がかかっているんだ。数年くらい目をつむってもらおうよ」

 アルウィンはあまり乗り気ではなかったが、これも仕方のないことだと割り切って贋作づくりをはじめた。面白いことにアルウィンの描いた贋作は本物と見間違うほどに精巧に描かれており、紛れのない本物としてオークションに挙がることもしばしばあった。贋作とはいえ自分の絵が高く売れることにアルウィンは悪い気はしなかった。

 一方、創作性の修行の方はあまりうまくいってなかった。アルウィンにとってあるべきものを描くのは非常に簡単だったが、ないものを描くというのはこの上なく難しく思えた。次第に修行につかれ、ついにアルウィンは修行をあきらめてしまった。しかし、今のアルウィンには贋作師として確たる地位を築き上げ、修行をやめたからといってお金に困るようなことはなかった。

 そうして何年も贋作を作り続けたある日、ついにアルウィンの贋作が世の中の知るところとなってしまった。ばれてしまったのはしょうがないまだまだ自分の模写が甘かったのだと、アルウィンは腹をくくりどんな罰でも真摯に受け入れようと覚悟した。

 しかし、そうはならなかった。あまりにも精巧なアルウィンの贋作はそれ自体に価値が見いだされ、アルウィンの贋作としてオークションに出品され高くで取引された。そしてある日遂に本物よりも高い価値がついてしまったのだ。

 アルウィンはその日のうちに首を吊って自殺してしまった。残された遺書にはこう書かれていた。

「最近の私は贋作師としてプライドをもって贋作を作っていました。しかついに私の悪事は明るみになりましたが、それでも私は罰せられることはありませんでした。そして本日、私の贋作が贋作として本物よりも高い価値がついてしまいました。贋作というのは本物をまねて作っているのです。だからこそ、そのように本物よりも価値がついてしまってはそれは贋作とは言えないのです。贋作師として失格です。そんな恥を晒すぐらいなら、ここで命を絶ちたいと思います。私の死んだあとすべての私の贋作を焼き払っていただけると幸いです」

 彼が死んで数十年たった今でも彼の贋作は高値で取引されている。

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